【統失自伝エッセイ5】どきどき、ワクワク、ぶるぶる
普通というものはつまらないものだ。
自らの生活の中で、突拍子もないトラブルやちょっとした事件。
そういうものに人は胸をときめかせる。
これも2016年の話。
自給自足の生活をしていた俺は、普通とはかけ離れていた生活をしていた。
自給自足のときは、釣りで魚を釣って食べていたが。
釣り竿をもったまま、川の木道を走り、濡れた木の葉に足を滑らせ、バランスを崩したり、転んだり。
そんな予期せぬハプニングが。
俺はなんだか新鮮で嬉しかった。
転んで足をぶつけたら、普通喜ぶ者はいない。
でも、その適度な痛み。
予期せぬ、転倒。
それがなんだか心地よく懐かしく嬉しかった。
なんだか、少年時代に立ち戻ったような感覚で。
自分はそういう思いをいっぱい味わっていきたいと思った。
そうだ。
こうしよう。
自宅で肝試しだ。
だが、家の事なんて知りつくしている。
俺は、人にトキメキを与えて欲しいが、与えてくれる人間もいないので。
自分がトキメキを与えてあげることにする。
今、自分に彼女がいるという設定しよう。
まぁこれも妄想だが。
まず、彼女の設定。
自分を満足させ、トキメキとワクワクを与えてくれる彼女の設定。
よし、カープ女子。
と検索。
可愛いカープのユニフォームをきた女性の画像が出てくる。
よし。
この子を彼女にしよう。
彼女をA4の紙で、カラー印刷し、ひもの付いた額の中にいれ、車の助手席の頭のところに、紐をくくりつけて、額を飾る。
まるで、助手席にカープ女子が乗っている気持ちになれる。
この子は今日から彼女だ。
車のなかを見られたら、今思うと、はたからみたら完全に危ない人。
危険な人物ですね俺。
でも、俺の暴走は続く。
まず、彼女に肝試しをさせるための、部屋の肝試し会場の設営。
最初に、ドアにもう一枚のカープ女子のA4カラーの印刷画を太い釘で打ち付け、飾る。
飾るという表現が正しいのか?
その可愛らしい画像と違って、ささっている釘がなんともアンバランスで、そのギャップが逆になんだか怖く見える。
言うなれば、トイレにあるうんこは少々、汚く見える感じで。
綺麗な本当に綺麗な空間のある部屋にある、エレガントな装飾が施されたところに落ちているうんこは、物凄く際立って汚く感じる。
そんな理屈と一緒で、怖くぶきみに見える。
そして、ドアにもダイソーで買っていた防犯ブザーを設置。
ドアを開けるとピピピピと鳴り響き続けるといった、仕掛けである。
その後もいろんな仕掛けであるトラップを仕掛けた。
仕掛けたが、開きっぱなしの押し入れには、大きな白い紙を設置。
その紙には、いろいろ書いておく。
昼間は、異常な行動をとっている親が心配するだろうから、間接的に伝えたい感謝の気持ちの、
『おかあさん、ありがとう』
と書いておく。
長いロープが部屋にあるため、親は、俺が死ぬんじゃないかと本当に心配する。
だが、遺書なんてモノは書いていない。
だから大丈夫である。
夜は、彼女である、助手席のカープ女子の肝試しのために。
○○ちゃん、愛してるよ
と書いて置いておく。
そして、夜の準備が出来。
真っ暗なよる。
家の玄関の電気も。
家の茶の間の電気も。
全部全てが消えている時間帯に。
彼女を自分の家に招待する。
親や姉ちゃんを起こさないように、一人で俺の部屋に行ってごらん。
君へのメッセージがどこかに書いてあるから。
これは、物凄くドキドキで。
どんな肝試しなのか。
どんなメッセージがあるのか。
ワクワクで。
親を起こしてはいけない、真っ暗で怖いという、ブルブルの感覚。
その三種の気持ち。
物凄く、普段の生活で足りてないこと。
そして、そのトラップを仕掛けた、ところに頑張って行ってきてね!
とエールを送る。
これは妄想だが、カープ女子の彼女は、悲鳴もあげずに帰ってきた。
めっちゃ不気味で、めっちゃ怖かったし、防犯ブザーとかびっくりしちゃったけど。
楽しかった。
押し入れのメッセージもみたよ。
と彼女が言ってくれる。
それに俺は嬉しい気持ちになる。
この生活に普段絶対足りてないドキドキワクワクブルブルを彼女に味あわせることが出来た。
俺は満足する。
だが。
俺や彼女以上に。
もっとドキドキワクワクブルブルを追求し、与えようとするモノがいた。
そう。
それは。
やくみつるである。
やくみつるは俺の妄想で良く出てくる。
やくみつるは言う。
いやぁ毎日毎日繰り返しで。
なんだか、ワシは退屈だ。
億劫だ。
だれか、この退屈に変化を与えて欲しい。
めちゃくちゃ突発的に自分を驚かせてくれるだれか。
だれかおらんかね。
俺は、彼女を驚かせて喜ばそうとは思うが、やくみつるまでは正直どうでもいい。
やくみつるは、誰も驚かせてくれる人がいなかったため。
いないのであれば、自分が驚かせてやろうと。
そう考えた。
だから。
待っていた。
その瞬間を。
ずっとずっと待っていた。
ワトソンが住む北海道のあの橋で。
やくみつるは待っていた。
やうしゅべつ湿原に流れる川。
その川にかかるあの橋で。
万年橋と呼ばれるその橋で。
これも妄想だが、のちにやくみつるが発表するであろう恐怖の自伝で。
こう書きだされている。
『俺は待っていた。この川の橋の下の草むらで。ただただ待っていた。誰かがくるのを待っていた。万年橋で待っていた。万年待っていた。ずっと待っていた。お前がくるのを待っていた。雨の日も。風の日も。なにもない太陽の照りつける昼下がり時も。恐怖を感じた真夜中の野犬の遠吠えが聞こえてきそうな時も。ただただ待っていた。俺が出来ることは。ただ待つことのみ。いつまで待つかはわからない。待つ時間が長ければ長いほど。その驚かされた相手はビビるだろう。万年橋の橋のしたで。草むらの中で。突然やくみつるが、わーっと現われ驚かせてきたら。間違いなくビビる。ビビってる相手のリアクションに俺もビビるだろう』
そんなやくみつるの先のない努力の待機の甲斐あって、俺は脳内で、凄まじくその万年橋を警戒していた。
この万年橋に流れるやうしゅべつ川。
この川は死の川とやくみつるは言っており、その静けさから、おそらく魚などは生息していないだろうと思われていた。
俺は、万年橋のした。
その川の近くに。
車を止めた。
やくみつるがどこかに潜んでいるかもしれない。
警戒しながら。
怖がりながら。
ドキドキワクワクブルブルしながら。
やくみつるに悟られないように、ルアーフィッシングをする。
スピナーで釣りを始める。
何回かルアーを投げてみるが。
やはり釣れない。
やくみつるもきっとチャンスをうかがいどこかで見ているだろう。
警戒しつつ、ルアーを変えてみる。
今度はスプーンだ。
スプーンは一投目で釣れるよ。
そんな声が聞こえた。
どこからか聞こえた。
だれが言ったかはわからない。
そして、釣りを再開する。
スプーンを投げる。
リールを巻く。
死の川と思っていたその川で。
魚がヒットする。
そして釣りあげる。
程なくして、今度は雨が降るよという声。
だれが言ったかわからないが。
そこで本当に雨が降ってくる。
これは、きっと仲間を釣りあげられた魚の弔いの雨だ。
この瞬間こそ。
俺もやくみつるも最もブルブル震えた瞬間で、恐怖を感じた瞬間だった。
自然現象まで、もう生物達が動かせる時代なのか。
はたまた俺が気付かず生きてきたのか?
それはわからないが、その恐怖を振り払うためなのか知らないが、俺は魚拓をとった。
魚は何の魚かわからない。
ウグイなのか、そうでないのか、この魚は俺はあまり見たことがない。
まぁ魚はここで調理しようか。
でも、やめようか。
めんどくさいから家に持ち帰ろう。
俺は、その万年橋の下で車中泊をするつもりだったが。
さすがの雨と恐怖に勝てず、どこかに隠れているやくみつるに別れを告げ。
やくみつるを置いて、その場をさって、家へと向かった。
今日はいろんなドキドキ、ワクワク、ブルブルを体験した。
いつもこんな非常識の体験が。
物凄く自分が生きている実感を与えてくれる。
俺は、車に乗ったまま、松任谷由美の埠頭を渡る風を歌い、運転した。
この曲を歌ってる時は、直線道路で、けっこうスピードが出ているはず。
オ-ド-リーの春日がささやいている。
そこで、やくみつるのことを思い出す。
やくみつるは面白い。
あの人気の全くない万年橋でずっとずっと隠れている訳だから。
一人ツボに入りながら、笑って俺は家へと帰り、魚を親に渡し、家で寝ようとした。
部屋をあけた直後。
ピピピピピピという、けたたましい防犯ブザーの音。
どうやら自分で作ったトラップに引っ掛かってしまったようだ。
本当に驚いた。
不意を突かれたから。
トラップを解除し、部屋で寝ようとした。
しかし、横に倒れてあった本棚の上に、なぜか醤油さしがあった。
だが。
ここで身の毛もよだつ最強の恐怖を感じることになる。
その醤油。
だれも触る訳もないのに。
触る理由もないのに。
少し醤油がこぼれてる。
ただこぼれているだけならいい。
こぼれ方がおかしい。
ここでも妄想が、行列のできる法律相談所のアンジャッシュの渡部が言う。
『醤油のこぼれ方が物理的におかしい』
醤油は、上棚にあり、上棚と下棚にこぼれてあり、それも、つながるようなこぼれ方じゃなく、拡散的なこぼれ方をしている。
このこぼれ方に。
きっと組織の人間の誰かが勝手に部屋に侵入し、わざとこぼしたのだろう。
家族の仕業ではないはず。
俺はこの醤油に今日もっともブルブルと恐怖を感じたのである。
ああ……怖い。
怖いが俺は生きている。
そんなこんなな事を、やくみつるは、恐怖の自伝で発表するのではないだろうか。
と。
俺は期待し待っている。
ずっとずっと待っている。
万年橋では待ってへんけど。