あの子の麦わら帽子
釣り竿で大きな魚を釣ってみる。
釣ることじたいには意味はない。
釣ることは仮定段階でしかない。
では、それを食べることに意味があるのか。
いやそうでもない。
俺がやりたいことは。
大きな魚を釣って、それを竿先の糸の針につけて。
パチンコ店に持ってって、見せびらかすことだ。
あのコーヒーレディも。
あの綺麗な店員さんも。
よくいるパチプロ、よくいるジジババも。
間違いなく、こちらに視線を向けて、仰天するだろう。
そして。
その魚をお店の中で、捌き、調理し、コーヒーレディの女の子に、白いシンプルなお皿に盛りつけ、あのパセリをのせる。
はい、どうぞ召し上がれと。
両手の上にのせた皿をさしだす。
だが。
食べることには意味などない。
美味しいかどうか、それにも意味はない。
その場所、その空間に。
大きな魚を釣り上げ持ってきた、小さな小僧が、それをその場で捌き、料理をしたこと。
この奇行こそに意味がある。
あ、あの子。
あ、わたなべさん。
あ、ワトソンくん。
また、あんなことやっちゃったって。
まぁ、あの子なら仕方ないか。
このお店では、それが肯定される。
俺は、そんな行動が許されるよう、このお店でそういう礎を築いてきたつもりだ。
まぁ、こんなものも妄想で、俺は、このお店のただのお客にすぎないのだが。
そろそろ、みんなは、人生に飽き飽きとしている。
何か騒ぎは起きないだろうかと。
人さまに迷惑をかからない範囲で、誰か、何か、面白いことは起きないだろうかと。
トキメキを。
ワクワクを。
みんなは待っている。
俺は。
今。
立ち上がる。
みんなにトキメキを。
みんなにワクワクを。
このお店に活力を。
すべてのみんなを、元気に出来るような。
何かを。
奇跡を。
起こしてやりたいって。
俺は、そんな突拍子もない妄想ばかりをしていて。
カット的にいろんな未来になるはずの、過去の記憶。
そんなものが見える。
ある時は、コーヒーレディに。
パンを買って。
全部買って。
商品全てを買って。
お店ごと全部買いとって。
その子の勤務のシフト日に。
君のために、今日は貸し切りにしたよ、お客は僕一人。
いつものメロンソーダお願いっ!
そんなことを、にこやかな笑顔で俺は言っているのではないだろうか。
そんなカットが見える。
だが、現実に買い取ったのは全てのパンを買っただけ。
お店も。
全ての商品も。
その子自身も。
俺は自分のものに出来なかったし、結局前々ダメダメで。
カッコイイ自分の妄想や理想像と現実はあまりにかけ離れていて。
それでも、次生まれてくるときは、またこの通過点を通りたいって。
俺の妄想は、現実化されなくていいから。
またこの虚像を浮かべる対したことのない俺が。
強がりの一日を過ごしていたいなと、切に思う。
否。
次生まれてきたらとかではない。
これが次なんだ。
今が次なんだ。
次が今なんだ。
このご時世。
だって。
だって。
だって過去が。
未来の過去が見えるでしょ。
声が聞こえる。
綺麗な女性の、綺麗な声が。
ワトソン君。
わたし。
髪型変えたんだ。
あれ。
あずきさん?
あれ?
しろちゃん?
過去の未来の前世の記憶を。
やはり俺は感じる。
あそこの台で。
マクロスFの台を打っているのは、いったいだれなんだろうか?
いやいや、あの台は、コードギアスの台ではないだろうか?
麦わら帽子を被った女の子で、その帽子が大きくて、台と顔が良く見えない。
俺は、いつも使っている釣り竿と釣り糸で。
ルアーをつけて、その麦わら帽子目がけて、ルアーを投げ込んでみる。
キャスティングっていう奴をやってみる。
うーん、やはり奇行。
うーん、やはり何度も。
何度も。
何度でも、この行動を繰り返している気がする。
そして、その麦わら帽子を見事釣り上げ、その子の顔が露わになる。
あ。
この子は。
生を受け、30年後の未来に辿り着いた俺の待ってた、俺を待ってた笑顔の子だ。
この笑顔。
このショートカットの女の子。
見覚えがある。
それは当然だ。
だって何度も最近目にしている女の子だから。
運命の人だから。
何度、生と死のリセットやスタートを繰り返していても。
ここの地点を通ることは。
奇跡の必然なんだろうって。
そう思う。
この奇跡は必然なんだ。
でも、この必然は奇跡じゃない。
この必然は必然なんだ。
愛おしい人がいる。
愛おしい人を失った。
愛おしい涙を流せなかった。
次は泣きたいあの子のために。
愛おしい人がいる。
愛おしい人に思いを伝えた。
愛おしい人が離れていってしまった。
やっと泣けたよ、愛おしい人のおかげで。
悲しい感情。
苦しい感情。
ドキドキする思い。
それらの生きる心の起伏こそに、人生という歓喜の愉悦があると思う。
そして。
今30年の時がたって。
初めての歓喜。
麦わら帽子をとったその子の笑顔の前に。
やっと会えたねって。
それに対する笑顔の自分がいる。
今までは。
初めてのハズなのに。
何度も繰り返している感覚があったけど。
今は違う。
過去は流れていく。
この有限の時間の中で。
無限に広がる未来をこれから、自分達が作っていくのだ。
流れ行く時という人生の旋律を。
この笑顔の麦わら帽子の女の子と。
危なげなく、その旋律を紡いでいく。
これからの未来。
今までの未来の過去。
それらが、今、全く妄想の中や、想像の中で映らないのは。
きっとそれは、本当の運命だからではないかと。
自分は、今、そう感じる。
アリーヴェデルチっ!