やさしさに包まれて

小さい頃は、神様がいて。

神様がいて。

そう神様がいて。

やさしさに溢れる子供たちを、どこか見守り、守ってくれていたと思う。

それは、神様だけではない。

大人たち。

教育者。

地域の老人達。

自分らの親。

社会の土台や裏の下地を、子供たちのために作ってくれていて。

しかし、でも、その社会の黒ずんだところは、見えぬように隠していたりもして。

さまざまな人達のご厚意や、苦労、思惑がそこには存在する。

それでも、子供たちは、その用意されたレールの中で。

一生懸命、はしゃぎ、遊び、素直な行動をとる。

俺も、小さな頃、自分のふざけたひょんな行動から、ある事件を起こしたことがあった。

今にして思えば、とてもくだらないことだったと思う。

俺が小学校3年生の頃。

その日は、給食はなく、お弁当の日だった。

その日、日直だった俺は、黒板のすみに、べんとうの日と書こうとした。

だが。

小学校3年生。

ふざけたい年頃。

とても悪ガキだった俺は、

べんとうというひらがなの文字を、べんぴと書き、『べんぴの日』と黒板に書いた。

その直後、担任の上田先生が入ってきた。

40歳前後くらいの、少し歳のいった、女の先生。

機嫌が悪い日は、いつも説教じみた事を、我々に言いまくり、ヒステリックに怒る様がいまでも印象に残っている先生。

そんな上田先生が、教室の扉を開け、入ってくるなり、俺の友達が急いで、俺が書いた、

『べんぴの日』

という文字を黒板消しで消した。

その消す姿を見て、上田先生は、怖い形相で、友達に尋ねた。

「何を書いていたの?」

って。

友達は答えない。

俺もそれには、答えない。

今にして思えば、おふざけで、弁当の日をべんぴと書きました、てへぺろーと素直に言えば。

おそらく、この後の悲劇は起きなかっただろう。

さらに、怖く厳しく上田先生が尋ねてくるので。

きっと何を言っても怒られると思った友達も。

「なんでもないです」

と、隠すように答えるだけ。

俺も、何も言わずに席についた。

上田先生は、何か開きなおった様子で、

「ああ、そういうこと。あんた達、今日の帰りまで、教えてくれなかったら、弁当は食べさせないからね」

凄い剣幕で、そう言い、教室の引き戸を思いっきり、閉め、けたたましい音を立て、しまった扉がスライドして、また開き、先生はその場から去って行った。

自習だとか。

そういうことも何も言っていなかった。

ただただ取り残され、呆然とする、俺ら小学3年生達。

いわゆる、職場放棄というやつである。

生徒の誰かがみんなで、先生に謝りにいこうとか、そういう提案をする者もいなかった。

男子5人女子5人しかいない、少ないクラスの人数。

みんなただただ呆然と時間が過ぎるのを待った。

一時間目が終わり、俺は、休憩時間になぜか、家庭科室で、先生に謝りにいこうか考えた。

ちょっとふざけただけで、あんなに先生を怒らせてしまうなんて。

べんぴなんて書かなければよかったと後悔する。

自分は先生に謝りにいくシュミレーションをするが。

何をどういう風に切りだしていいか、なかなか言葉が思いつかない。

謝ることが怖い。

そういう思いが強かった。

そして。

その後は、先生は少し落ち着いていき、授業は再開された。

みんなが弁当を食べるときには、笑顔だったが、やはり、弁当を食う直前に、

「で、結局黒板にはなんて書いたの?」

その時の記憶は、あまり覚えていないが、俺の友達が正直に、

「べんとうをべんぴとかきました」

と正直に言っていたと思う。

俺は、今にして思う。

それは、先生としての資質。

普段愚痴や文句を生徒達にこぼし、八つ当たり地味たことがあったと思う。

そうして、先生自身が、自分に負い目を感じ、生徒達を信じられなかったから、そういう被害妄想を引き起こしてしまったのではないかと。

自分を信じられない者は、とどのつまり、相手を信用出来なくなる。

俺は、比較的この上田先生に対しては、これは反面教師であると思い、自らの戒めとして、そう言う自分にはならないと心に決めた。

他にも、風邪がはやっているから、習い事には絶対に行くなと勝手に言う、上田先生に対して、空手の先生だった俺のお父さんが怒って、学校まで電話をかけたり。

そこで先生は、そういうことは言ってませんと嘘をついたり。

さまざま先生の黒い部分があったと思う。

俺も、社会に出て、苦労した。

社会の黒い闇の部分。

誰も助けてくれない。

誰も気にかけてくれない。

そんな厳しい世界のなか。

ある日それが、嫌になって。

全てを、捨てて、全てにリセットをかけ、俺は、山ごもりにでることにした。

地元の川岸に車を止め、ルアー竿一本持って、ルアーフィッシングをして、釣った魚だけ食べて、生活していこうと。

そう心に決めていた。

そんなある日。

俺が、川で釣りをしている時に。

地元の小学生達が、集団で川に遊びに来た。

これはどこまでが妄想で。

どこまでが現実か。

今ではあまり判断しずらい。

子供たちが集団で遊びにきた記憶はあったと思う。

そこで、俺はさまざまな行動パターンの妄想があったと思う。

小学生の集団を引き連れる先生は、俺が、16年前ちょうどカープを応援し始めたくらいのころ、担任だった上田先生。

あのときより、歳をとっていて。

小学生の先頭を歩いて、俺のいる川岸まで来た。

俺は、そこで、やばい!

あの反面教師との何十年ぶりの再会だ。

と思い、恥ずかしい気持ちになり、その場からそそくさと隠れた。

それを見ていた、上田先生は、

「見てください。あの大人を。挨拶もせず、隠れていきました。ああいう大人にならないようにしましょう!」

俺を反面教師とし、子供たちにご教授する先生。

もうひとつのパターン。

やばい、小学生の群れだ。

しかし、俺は、その場をなんとか受け入れ、カッコよく、魚釣りというのは、こうだ!

と小学生たちの前で、一匹の魚を釣り上げ、驚かせる行動をする妄想をした。

でも。

それは駄目だと思う。

俺の人生は、そうではなかった。

子供たちには、真実というドラマを見せてあげたい。

そうすんなり、魚を釣り上げれた人生ではなかったから。

餌釣りで苦労して、初めて魚を釣りあげた俺は、嬉しかった。

それだけではない。

では、餌を使わない、ルアー釣りはどうだと。

俺は、ルアー釣りをしたが、全く最初は魚を釣ることは出来なかった。

釣り人用語では、坊主といういい方をする。

毎回ルアー釣りは坊主ばかりで。

しかしある日のこと。

この地元の町の橋のしたで。

木道の上から、投げ込んだルアーで、初めて魚を釣り上げたとき、本当に嬉しかった。

そのドラマを。

この子たちにも見せてあげようって。

俺は、ポップンミュージックのとき同様、自分の脳のある爪を隠し、わざと魚が釣れないように、演じた。

近づいてきた、子供たちに、声をかけられる。

「お魚さん、釣れないんですか?」

俺は、答えた。

「うん。釣れないね。もう今日ずっとやってるんだけど。釣れないんよ」

「釣れないと大変なの?」

俺は、答えた。

「俺、一人暮らししてて、魚を釣って、食べないと生活できないのさ。普段は、歌や曲や小説をつくったりするっていう夢があってそれを仕事にするまで、この生活を続けないといけない」

「へぇーそうなんだ。おじさん頑張って!」

とそこで、上田先生が声をかけてくる。

「わっちゃん。お久しぶり」

「あ、上田先生お久しぶりです」

「こうなることは、わかっていたよ。あなたは、サラリーマンとか、そういう柄じゃないって思ってた。人とは違うし、何かクリエイターの方へ向かうと思ってた。で、今でも、カープは応援しているの?」

僕は答えた。

「はい。もう16年以上応援していますね」

「どうせ、まだ童貞なんでしょ?」

小学生たちのまえで、そんなことを先生は聞いてくる。

「はい。お恥ずかしいことに……」

そう僕は答える。

「わっちゃんはそういう一途なところは、本当に変わらないし、素敵だと思う。小説は頑張ってかけてる感じ?」

「はい。頑張ってはいるんですが、なかなか最近大変で」

「小説のジャンルは?」

「いろいろ書いてますね」

「官能小説を書いてほしいです。どうかしら、元生徒と元先生の禁断の恋愛官能小説」

俺は、正直、上田先生とは、そんなことは気持ち悪いと若干思ったが、

「面白そうですね! 禁断の……」

といいながら、笑って俺は、その場をやり過ごした。

その会話の内容は、小学生にはまだわからないだろうが。

その後俺は、自分の当時好きな曲を、子供たちに聞かせた。

自分が持っていた、ラジカセのラジオテープで。

なんで、2016年にもなって、そんな古いものを使ったのか。

それは、たぶん詫びさびの美学だろうが、お構いなしに、俺は曲を流した。

ハンターハンターのおはようという曲を。

頼みもしないのに朝はやってくる。
窓を開けてちょっと深く深呼吸

ふくれっツラの君思いだして笑う
ケンカした翌日は留守電にしっ放しだろ

笑いあうコト何気ない会話
毎日の暮らしの中でどうだっていい事
何も考えずに浮かんでくる言葉
フとした瞬間が大切だって

君におはようって言って
メッセージを残して
僕の一日始めに出かけなきゃ
まるで何もなかったみたいに
電話してくる君の声が好きなんだ

そんな曲を俺は子供たちに聞かせた。

なぜ聞かせたのだろう。

あるいわ、なぜ聞かせた妄想なんてしているのだろう。

その後も、俺は、釣りを再開し、苦労に苦労を重ね、一匹の魚を子供たちの目の前で釣りあげた。

子供たちは、その様子を見て、大騒ぎ。

自分の事のように、俺が1匹の魚を釣ったことを喜んでくれた。

「わっちゃんがさかな釣った!」

「わっちゃんすごい!」

「わっちゃんよかったね!」

子供たちは、おおはしゃぎで。

その後子供たちは、川の中で楽しそうに遊んだ。

俺はその子供たちの笑顔を見て。

この笑顔を守りたいって。

この笑顔をいつまで見ていたいって。

社会の黒い闇や、権力に押しつぶされることなく、素直に自分のやりたいことをやって突き進むような子に。

なって欲しいって。

そう強く思った。

そう思って見ていた俺に。上田先生は話しかけてきた。

「わっちゃん。今日はありがとね。本当は魚釣りなんて何十年もやってるわっちゃんにとっては簡単に釣れるんでしょ?」

「そうですね。こんなもん造作もなく、釣れますよ」

言いながら、子供たちが川遊びに夢中で、こちらを見ていない隙に、1投だけ、ルアーを放ち、一撃で上田先生の前で魚を釣り上げる。

魚を釣り上げ、すぐに、子供たちに気づかれないように、自分は魚を逃がしてあげる。

上田先生は続ける。

「でも、わっちゃんは、子供たちにドラマ仕立てに魚を釣る苦労と感動を伝えてくれたのね」

「まぁ元々、へたくそで苦労していたので。簡単に釣れるところ見せちゃったら、なんか感動が薄いかなって」

そう苦笑いしながら答える。

その後。

上田先生となにやら、明日の授業について、話しをして。

その日はそれで終わった。

次の日。

教室で。

上田先生は、朝の会のホームルームの時間で俺の話しをした。

昨日の釣り人は教え子だったと。

物事を一途にやりとおす重要性について。

彼は、ずっと弱かった広島東洋カープを応援し続け、今年ようやく25年ぶりの優勝を迎えようとしていたこと。

彼は、自分の作品をつくるため、一人孤高に頑張り山ごもりを続けていること。

彼は、未だに童貞であるということ。

童貞については、きっと小学生たちは分からないだろうし、説明はしてほしくなかったが。

上田先生は悲しそうに、突然言った。

1時間目は道徳の授業です。

命の尊さを扱った授業です。

そう言い。

また、俺の事を話し始めた。

「昨日、みなさんがお世話になった、釣り人のわっちゃんは、今日、この時間に川の近くの雑木林で、自殺をするそうです」

こども達が心配そうに、叫ぶ。

「わっちゃんが自殺ぅぅぅぅぅ!」

「わっちゃんどうして?」

驚く生徒に、悲しそうな表情の生徒。

上田先生が言う。

「わっちゃんはね。なんだか。疲れちゃったみたい。自分の曲や作品が作れなくなったんだって。昨日聞かせた曲もプロの他の人の曲で、もう諦めてしまおうと、今日、川の雑木林で自殺するんだって」

そんなことを言う先生。

生徒達が。

「わっちゃんを助けにいこう!」

「わっちゃん可哀想」

そう言って、心配する生徒達。

「では、みなさんわっちゃんが自殺しようとしている川へ、みなさん列を作って、これから向かいましょう! これから、助けにいきましょ
う!」

そう上田先生が言って、よくわからない雰囲気のなか。

俺が待つ川へと生徒達と上田先生は向かった。

そして。

俺は、川の雑木林で。

首ではなく、なぜか腰にロープをつけ、木から吊るされたまま待機していた。

小学生達と、上田先生が俺の元へと到着した。

そこで、生徒たちが叫ぶ。

上田先生が言う。

「それではみなさん。わっちゃんを見てください。あそこで、死のうとしています」

そんな事を言うと、生徒たちは、泣きながら必死に。

「わっちゃん死なないで! お願いだから死なないで!」

「本当お願いだよ! 死なないでよ!」

みんな泣いていた。

驚くほど泣いていた。

正直なことを言うと。

これは、ドッキリ授業である。

腰を木から宙吊りにして、死ぬことはない。

というか死ぬ義理もなければ、必要もない。

ただただ命が大切であるということを伝えたい授業にすぎず。

でも、子供たちのその声はやはり。

俺の心に響いた。

自分達の思っている言葉。

願いに。

気持ちがこもっているから。

だから、それはどんなに人にも伝わる。

妄想で頭がおかしくなっている俺とて例外ではない。

俺は、そんな泣き叫ぶ子達の優しさに。

俺も涙があふれてきた。

こんなあからさまな。

こんな偽りのようなくだらない授業に。

この子たちはそれを信用して、必死に俺の死を止めてくれる。

そんな健気さ。

そんな優しさが。

今、誰によりかかることも出来ない社会人にとって、大きく心に響いた。

そこで、俺は上田先生の表情を見る。

この人は。

この人は泣いていない。

心の中では、笑いをこらえている。

俺もそうだ。

本当は笑いそうだ。

笑ってもおかしくない。

というか少し笑っている。

笑いつつも、子供たちの気持ちだけはやはり心に刺さり、涙が流れてくる。

泣かずにほくそ笑う社会人の先生に、この俺。

泣きながら、必死にその状況を止めようとする子供たち。

どちらが強い心で、どちらが優しい心なのだろうと。

誰によりかかることのない社会人は確かに強いのかもしれない。

でも。

この子らは、寄りかかりつつも、それでも友達を助け合って、そうして、豊かな感受性の中、今日のこの時を生きていく。

そんな美しさ。

そんな優しさが。

俺は大好きだと思った。

そうした、情緒や感受性はもう俺は戻れないかもしれないが。

ロープを外し、俺は無事地上に降りた時。

俺は、子供たちと抱き合い、泣きあった。

その様子を。

上田先生は何を思って見ていたのだろうか。

そして。

その後は。

楽しそうに笑いながら、川の中で、子供たちと遊んだ。

こうして子供たちと少年時代に帰って遊ぶのも悪くない。

原点に立ち戻ったような気持ちだ。

一人の女の子が、川の中で言った。

「わたしね……わっちゃんみたいに、将来絵を描いたり、する人になりたい。でも、絵がへたっぴなんだ」

俺は、その子に自分が始めの頃描いていた絵を見せた。

そして、今描いている絵も。

「これ、おじさんが描いた絵なんだ。最初はへたっぴだけど、きっと頑張っていけば、これだけ少しずつ上手くなっていくよ!」

二つの絵を対比しながら、僕は、そのことを伝えた。

努力の重要性を。

「うん!」

元気に女の子は返事をし、川遊びを再開した。

俺は、そんな笑顔の子供たちをみて、やはり思った。

この笑顔を守ろうって。

強きを挫き、弱気を守るって。

小さな頃は、神様がいて。

不思議に、この子たちをだれかが。

周りが守っていかないとって。

そうして、時代は、後へ後へと受け継がれていくのだから。

そして、数日後。

昨日、絵を描きたいと言っていた女の子が。

俺の顔だけでなく。

俺の物語を描いてくれた。

4コマ漫画の物語。

おじさんは最初は、絵がへたっぴで。

売れない漫画家さんでした。

でも。

おじさんは頑張って頑張って、絵を描き続けました。

すると、おじさんの絵は上手くなって、たくさんたくさん売れたのでした。

そんな彼女の描いた4コマの絵も。

彼女が上達していくのを感じるとともに、完成された漫画が。

やさしさに包まれた彼女の笑顔が。

いつまでも僕の心と記憶に残っていくのでした。


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