家に帰るまでが戦い

家に帰るまでが遠足という言葉があるが。

あの時の俺はまさに、家に帰るまでが、戦いだった。

2016年夏。

照りつける太陽のした、あり得ない格好で俺は車に乗り込んだ。

こんな真夏にも関わらず、冬に着る厚手のジャケットの上着に、下はジャージの上にさらにジーパンを履き、ニット帽姿。

車の中は冷房どころか、暖房マックスで、俺の心はおかしな方向へと向かっていた。

どこへ向かうなんてものはない。

目的もなにもない。

あるのは、ただその時どうしたいか。

その理由なんてものはなかった。

ただただアツい車の中で。

車を隣町まで走らせた。

走ること15分。

隣町のコンビニについた。

そこで購入したのは、大量の氷と、緑茶。

俺は何をしたいのか。

その緑茶を氷を使って、冷たく冷やし飲みたいのか?

そういう訳ではない。

俺は、購入をおえ、車へと戻ると、その氷と緑茶を、車につんであったバケツの中に入れ、助手席に置き走らせた。

何の意味がある。

この行動に。

そう。

とくに意味はない。

なんとなくこれをしたかった。

バケツには、「カレンブラックヒル」とか「コンセギール」とか「フェブカリエンテ」とか、

馬の名前が書いてあった。

勿論そこにも意味はない。

俺は、バケツからその氷の入った緑茶がこぼれないように運転を楽しんだ。

相変わらず、車内は暖房で俺の姿もアツい格好で、汗だくで。

ゲームセンターへとそのまま向かった。

走ること5分。

ゲームセンターに到着した。

そこで、必ずこのアツい格好のとき飲むのが、ブラックコーヒー。

俺はブラックコーヒーはあまり好きではない。

苦手である。

飲みたくないと思っている。

じゃあ、なぜ飲むのか。

これは、マゾリストの思考なのか分からないが、自分の味覚を一旦苦しめ、そのあと、好きな飲み物を飲むことにより、一気に味覚の快感を得ようと言う作戦なのである。

言うなれば、長時間サウナに入っていた人間が、そのあと水風呂に入るのと同じである。

そして、俺は、そのブラックコーヒーをのみ、体を追いこみ、その時感じていた周波数とともに、ポップンミュージックの曲を弾く。

俺は、必ずゲーセンでポップンを弾くときにやることがあった。

飲み物を飲みながら、それは、

あえて最初はレベルの低い曲を下手くそにギリギリクリア出来るくらいの感じで弾き、

たまに後ろにいる、ガキんちょに、あ、このひとそんなうまくない。ギリギリクリアできるのかな?

というドキドキ感を与え、その次の曲で、最高に難しい曲を完璧に全力で弾くといった行動をする。

うしろのガキんちょなどのギャラリーは、このギャップに堪らなく驚き、軽いモニタリングをしている気分になる。

そうこうしているうちに、味覚も体もアツくて苦しみ、やはり脱ぎたくなる。

そこで、自分の体を解放する。

上はTシャツ、下はジャージ。

ラフな格好に冷たい美味しい炭酸ジュース。

体を一気に解放する。

そしてひとしきり、自分勝手な快感を味わい、バッティングセンターへ。

車に乗り込み、走ること10分。

途中、意味もなく、雨もふらぬ昼さがりにライトをつけ、絶対に忘れないようにしようと思いながら、バッティングセンターに到着。

車を降りるとき、もしかしたら車上荒らしにあうかもしれない。

俺はあえて、その車上荒らしのために、ある程度の金だけ持って、現金とクレジットカードの入った財布を車の中に置きっぱなしにし、もしかしたら盗まれるかもしれない、というドキドキのスリルを味わいたくて、そのままバッティングセンターの店に入った。

バッティングセンターに入るやいなや、奥の打席で、一人もくもくとバットを振る、男がいた。

そう。

それがあの元広島。

広島東洋カープ。

現在スカウトの末永真史様、背番号51である。

不遇の天才打者と俺はよんでいる。

天才と呼び呼ばれつつ、レギュラーをとったことはないが。

末永はラフなTシャツ短パンの格好で、へい、へい、といいながら、快打を連発する。

全てヒット性の綺麗な打球が飛んでいく。

俺はそれを見て。

すごい。

これが元プロ野球選手。

完全に感動している。

この人を超えたい。

この男を超えたい。

こんな男になりたい。

俺は、そのとき対抗意識に火がついた。

そして、末永スカウトは、バッティングが終わるやいなや、背中を向けてかっこよく去って行った。

よし。

俺もあんな男を目指そう。

バッティングが始まった。

俺も凄まじい打球を飛ばす。

この時だけは、ガチで俺はプロ野球選手になれると思っていた。

もう誰にも俺を止められない。

ミスター赤ヘル山本こうじが見てる。

盗撮盗聴して監視されてる。

俺。

見てください俺のバッティングを。

カープに入れてください。

そう思いながら。

時間を忘れて、ボールを打ちまくった。

2時間か、それ以上か。

打ちまくった。

そして、そろそろいいだろうと思い。

車へ戻った。

ふと思い出した。

財布はパクられてないだろうか?

車上荒らしにあってないだろうか?

スリルがあったはずではあったが、心配していた。

車に戻ると。

財布はあった。

金も。

クレジットカードも。

なーんだ盗まれてないのか。

がっかりしているのか。

安心しているのか。

よくわからない俺の心境。

しかし、その直後だった。

車のキーを回した直後。

エンジンがかからない。

ライトがつけっぱなし。

バッテリーがあがっている。

なに!!!!!

これは!!!!

誰の仕業だ!!!!

俺はそのとき怒り狂った。

へたしたら逮捕された時以上に俺は心底怒っていた。

ふざけるな。

こんな卑怯なことが許されるか。

俺を馬鹿にしやがって。

これは絶対。

やつら、俺をおとしめる組織の仕業。

組織はおそらく、元の埼玉の会社の仕業。

そうに違いない。

この時だけは人を殺しかねないくらい俺はいかっていた。

だが、あとあと考えるとどう考えても。

犯人は他者ではなく、俺。

だが、俺は今俺自身を微塵も疑わなかった。

もういい。

俺は怒った。

携帯もないし。

携帯はこの前解約したし。

まぁ家に別手段で連絡しようと思えばできなくもないが。

今日は絶対歩いて帰ってやる。

ここから!

バッティングセンターから、家までは車だと普通25くらいかかる。

歩いて帰ると下手すると3,4時以上はかかるだろう。

そんなことを知ってか知らずが、もう闘争心に火がついている俺は誰にも止まらなかった。

俺の中の男である、哀川翔が俺に語りかける。

哀川翔も過去におれが今やろうとしている暴挙をやったことがある。

これは戦いなんだ。

あの男。

背番号51。

末永真史を超えるための戦い。

この戦いは何度続くかは、わからない。

その男の背番号51回分かもしれないし、いやはやそれ以上かもしれない。

この決意は揺るがない!

俺は、バッティングセンターをあとにし、家へと向かい歩を進めた。

町中はまだ良かった。

しっかりとした歩道があり、道幅も広い。

歩行者が歩くための通路がしっかち確保されている。

しかし、町はずれへとでる道路。

ここから、本格的な勝負が始まった。

長い距離を走る。

とにかく走る。

アツい心で。

シャドーを歩く俺。

車が対向から着たら、急いで邪魔にならないように雑木林へすっと飛び込み、その身を隠す。

まるで、次の塁を狙う盗塁王の赤星のように。

俺は、対向車という牽制球がきたら、急いで、雑木林のなかへと頭から飛び込み隠れる。

車が通過すると、また、ひょっこり現れ、シャドーを歩く。

その繰り返し。

ひたすら無限にそれを繰り返し。

なかなか前へ進まない。

雑木林の中に嫌いな鬼蜘蛛や、ヘビがいようと。

今の無敵の状態ではなんとも思わない。

それは、過去の経験者である、哀川翔も同じ。

哀川氏は語る。

なにがいようとその瞬間は何も思わない。怖くもなんともない。ガチそう。

でも普段は?

と他の芸能人に聞かれたら、哀川氏は、普段は怖いと苦笑い。

しかし、この無敵状態では、俺もやはり、何も気にならない。

そうこうしているうちに、不審に思われた俺の行動で、誰かが警察へ通報してしまったようだ。

警察官が俺に近づいてくる。

それでも、やはり、俺は、警察官を無視する。

あんなところに車止めちゃって。

あほな警察め。

運転して走ってる人の邪魔になるだろう。

そんなことだけを思っていた。

本当に邪魔になっているのは俺ではあるが、それは自覚することなく、前へと進む。

また、牽制球という対向車がくる。

雑木林へ隠れる。

警察が話かけてくる。

なにしてるのかい? ぼく?

ぼく!? だとおおおお

俺は26歳だ。

馬鹿にしやがって。

許さん。

だが、その怒った態度をとったら俺は負けだ。

俺が目指す理想像は、背番号1の前田智徳だ。

孤高に態度をその顔に出さず、かっこよく、平然と、警察官に対応すればよい。

警察官が親の連絡先を聞いてくる。

さぁきた。

この瞬間。

この瞬間に芸能界への扉が開かれる。

俺を注目し、監視し、狙う組織や芸能関係者。

聴け。

これが親の連絡先の番号をさっそうと言い放つ。

それを盗聴していた哀川翔が。

この子いいね~という。

そして。

最後の情報。

普段は絶対口外してはならない隠すべき情報。

しかし、哀川氏は言う。

この瞬間だけは、もっともかっこよく自分の住所を言っていい瞬間。

俺は、威風堂々と歩きながら、住所を口に出す。

『北海道○○群○○町○○○』

最後まで、すらりとかっこよく言い放つ。

その言葉を盗聴していた哀川翔が。

『ハイ! きみ! 芸能界入り! 確定!』

こうなることを俺は、予見していた。

俺が今日もっとも輝いた、最高の瞬間である。

それを聞いて、警察官はいったん親に連絡をいれるため俺のもとをはなれ車へと戻った。

そして、その後も雑木林に隠れ、途中AVのDVDも落ちていたが、それも組織のトラップで、俺がそDVDを持ち帰るか帰らないかのゲームや賭けをしていると思った俺は、それは持ち帰らなかった。

だが、そのあと、落ちていたリポビタンDのカラのビンを拾い、ゴミにも関わらず、これはあとで必ず使える!

と思い、ポケットに入れ、家へと向かった。

途中橋があった。

橋を素直にわたってはいけない。

これは、ルール違反だ。

なんのルールかわからないが、

橋の下の川岸まで降り、川岸から、向こうの川岸へ、橋を掴んでぶら下がりながら、進んで行こうと俺は決意した。

これは、ただの川の横断ではない。

ここはサスケ第三ステージ。

俺は山田勝巳。

ミスターサスケ。

対するは、地元への橋。

クレイジークリフハンガー。

向こうまで渡れば、俺の勝ち。

下へ落ちて、川に着水したら俺の負けで失格。

ミスターサスケが超えられなかったこの壁を。

俺が超えて見せる。

そして、俺は橋のでっぱりに手をかけた。

そのまま、両手でつかみ、平行移動し、橋の向こうまでへと進んでいく。

腕が痛い。

でも負けない。

ここで負けたら、山田かつみと一緒だ。

俺は、ミスターサスケを超える。

末永の前に。

まずこの男を超える。

この橋を。

あと4メートル。

あと3メートル。

やはり、痛い。

もう限界だ。

あと2メートル。

ムリだ。

1メートル。

そこで、俺は、手が離れ川へと落ちた。

ずぶぬれになった。

そのあと、しぶしぶ川岸の向こうまであるき、道路のシャドーへ戻り、何事もなく歩いていた。

そして、進むこと、地元の町へさしかかったころ。

親がきた。

家族がきた。

ねーちゃん。母さん。父さん。

みんな泣きそうな顔で心配していた。

ゆうき! なにやってるの! 心配したよ。

俺は、驚いた感じのリアクションで、

何って!!!!!

ただ、赤星のように家に帰っていただけだよ。

その後も警察官は家までと後ろから追跡。

俺は、お父さんと話しながら。

お母さんと姉ちゃんは車に乗りながら。

地元の町中を歩いた。

そして、ようやく。

家に辿りついた。

警察はそれを見届け去っていった。

俺は、ずぶ濡れだったので、はやく風呂に入りたいと思った。

玄関にいつ使うのかわからない拾ったリポビタンD置いて、風呂へと向かった。

風呂に入り。

これまで以上にこんな気持ちのいい風呂を味わったことがあっただろうか。

最高の愉悦だった。

そして、車を回収するため、再び歩いた道を車でバッティングセンターへと向かう。

本当は51回の戦いになると決心していたが。

結局さすがにこの1回で懲りた。

51回も出来る人間はおそらくこの世には存在しないだろう。

哀川翔も語る。

結局51回やったのですか?

という質問に。

前田智徳の背番号分だけ。

すなわち1回と。

これが、家に帰るまでが戦いであるということを体感した最初で最後の日だった。

はたしてゴミのリポビタンDはどうなるのだろうか……


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