[長編]天使のイタズラ [作者]ワトソン@委員長

 プロローグ

 天使はとても孤独でした。
 自分以外のモノが棲まわないこの世界。
 いつも、一人ぼっちで。
 いつも、悲しくて。
 いつも、退屈で。
 そんな孤独な天使は、友達を願いました。
 甲高い子供のような声で。
「僕にも、友達が欲しい、自分以外の者と関わってみたい」
 そんなことを言いながら、毎日、毎日、虚空の空に願いを捧げました。
 そんな虚の闇の中に棲む天使を。
 神様は見ていました。
 神様は考えました。
 彼に力を与えようか。
 彼に権限を与えようかと。
 神様は天使に言いました。
「君のことは、いつも見ていたよ、実に悲しく、卑小に叫び泣く君の声をいつも聞いていたよ」
「僕は、実に悲しい生きモノだ。退屈な面白味もない存在のモノである。僕のことを見ていて、きっとあなたは面白いかもしれないけど、僕はつまらない、もっと楽しくなりたい、もっと運命(イタズラ)を弄りたい」
 天使のその言葉に、
「君が普段見て、あざ笑ってるモノ達に、何かしてやろうと思う気持ちはあるかい?」
 神が尋ねると、
「そんなことが出来るの?」
「私はもう疲れたよ。ひと通り、いろんな運命(イタズラ)を定めた。君に運命(イタズラ)を決める権限を与えてあげよう」
 そんなことを言う。
「見てごらん、愛に飢えて、ここにも叫びなく女の子がいる。その子に愛を与えるか? その子を愛で踏みいじるか? 君の好きにしていいよ」
「え!? いいの?」
「あっちの子も、見てごらん! 自分が愛した女の子に一生懸命思いを伝えようとしているよ。邪魔したくならないかい?」
 神がそう聞くと、天使は、
「じゃあどちらも、愛に狂わそうか……」
 そうして、天使の運命(イタズラ)は、今始まったのである……
 
 手紙と告白

『美樹ちゃんのことが好きです。可愛らしい赤縁メガネ。存在感ある赤いスカーフ。クールで清楚な無表情。時折みせる冷たい表情。かっこいいし、魅惑的だしその全てが大好きです。ミステリアスなところや、無限大に謎めいた性格、本当に魅力的です。どうか僕と付き合って下さい。放課後屋上で待っています――末永一平(すえながいっぺい)より』
 今日の朝、池田美樹(いけだみき)の下駄箱に入れる予定のラブレターである。
 末永一平は、そのラブレターの内容を読み返し。
「よしっ!」
 と一言。
 ラブレターをカバンに入れた。
 一平は、ギザギザ頭の黒髪に、少し長めのモミアゲ。凛々しさを感じさせる上がり眉。
 今日は勝負の日だとばかりに、自慢のギザギザ頭をいつもより入念に洗って乾かし、部屋の鏡を見て自身の身だしなみをいつもよりかっこよく仕上げるぞとばかりに、櫛を使って髪を整えた。
「よしっ!」
 再び一言。
 彼は今日告白する。池田美樹に告白する。広井学園に入学したときから一目惚れしていて、謎の多い彼女が入学当初の4月から現在まだ5月と一カ月しかたっていないが告白する。
 彼は、この1カ月彼女のことばかり考えていた。容姿に惚れた。ミステリアスな雰囲気、性格に惚れた。想いを伝えなければストレスがこの1カ月間襲いかかってきて、苦しかった。でも、恋をしているそんな苦しさが心地よかった。彼女の答えは分からないけど、付き合えなかったとしても、想いを伝えれば、きっとスッキリする――そう思った。
 しかし、彼はここ1カ月間1度も彼女と会話というものをしたことがなかった。というよりも出来なかった。その出来ない理由がミステリアスな部分にあたり、好きの要因にも繋がっているわけだが――
「さぁ学校にいこう!」
 玄関で靴を履き、玄関のドアに手をかけた。その時だった。ドアについていたポストから1通の手紙がフワッと地面に落ちた。
 白い封がされた特徴のない手紙。何だろうという表情で、一平は、その手紙を読んだ。 するとそこには、驚愕の内容が書き記されていた。
『この手紙を触れた者は、24時間以内に好きな人を殺しなさい。もし殺せなかった場合あなたは幻怪病という恐ろしい病気におかされます。以上』
 手紙を読んで怪訝な表情になる一平。
「誰だよっ! こんな悪ふざけの悪戯みたいな手紙送ったやつはっ!」
 嫌な表情で玄関後ろの廊下に手紙を放り投げた。
「本当困るんだよなぁ。今日人が大好きな子に告白するんだから、そんな日をこんな訳のわからない手紙で僕を不安にさせようってか!? もしかして美樹ちゃんを狙っているライバルの仕業か?」
 一平は思考をめぐらせる。だが、犯人が分からない。誰かが美樹を好きだという情報は入ってないし、入っていたら、もうとっくに彼はライバル視をしているはずだからだ。
「分からない……一応坪内に犯人に心当たりがないか聞いてみよう」
 坪内泰宏(つぼうちやすひろ)のことで、彼の一番の親友である。
 投げ捨てて廊下に落ちていた、不幸の手紙を再び手に取りカバンに入れた。
「とりあえず、行くか」
 呟いて、玄関のドアを開け学校へと向かった。
 学校への登校道。
 空を見上げれば照りつける太陽。
 快晴となった今日の天気により、先ほどの不幸の手紙を忘れたかのような安堵の表情を浮かべる一平。
「いい……告白日和だ」
 心地よい鳥の鳴き声に、柔らかな風が体を伝う。
 いつもの参道への入り口を越えて、その先にある並木道。学校までは、15分くらいかかる。出発してちょうど10分たったくらいだろうか、いつもどおりのこの場所で親友の坪内が現れた。
「坪内おはよー!」
「おお、一平おはよー!」
 坪内はベリーショートの黒髪に、黒メガネ。少し分厚い唇が特徴的。
 坪内は、再開するなり、カバンからあらかじめ持っていたビックリクンチョコを取り出し、頬張った。
 チョコを食べるなり、坪内が
「ビックリクンチョコはやっぱうめぇーなぁ」
「あんま食いすぎると虫歯になるぞ」
「おまえの分もあるぞ、ちょっと溶けてるけど」
「いいの? 貰って?」
「おう食え食え!」
 そう坪内が言うと、カバンから少し溶けたチョコを取り出し、一平に渡した。
「ありがと……あ、やべ、チョコマジで溶けてるじゃん、チョコ手についた……」
 溶けたチョコが一平の右手の人さし指に少しついた。それを一平がポケットから取り出した、ハンカチで拭き取るなり、唐突にきりだした。
「なぁ、坪内。聞いてほしい話があるんだけど」
「何?」
「俺今日告白するんだ、池田美樹ちゃんに」
「何を告白するんだ? 持病の痔が悪化したとか?」
「バカ、そんな話じゃねぇよ。好きだってことを告白して、彼女にするんだよ」
「ほぉー……お前もモノ好きだねぇ、あの地味メガネ潔癖症女のどこがいいんだ?」
 池田美樹はクラス一の地味な女の子で、極度の潔癖症である。日常から消毒用エタノール常備していて、普段の生活でその潔癖から異常とまでいえる清潔意識を周囲にみせている。
「普通に可愛いし、ミステリアスなところ。魅力たっぷり」
 ニコニコしながら幸せそうに微笑みながら語る一平。
「ラブレターでも渡して呼び出すの?」
「そうそう、その手紙なんだけど、ちょっとこれ見てくれよ」
 言いながら、一平は自分のカバンの中からラブレターではなく、朝届いていた不幸の手紙を取り出した。 
 不幸の手紙を坪内の目の前に広げて、見せる一平。
『この手紙を触れた者は、24時間以内に好きな人を殺しなさい。もし殺せなかった場合あなたは幻怪病という恐ろしい病気におかされます。以上』
 その内容を見て、思わず坪内は驚きの声を上げる。
「なんだこれー!」
 といいながら、坪内は手紙に触れそうになる。すると、一平が、
「バカっ! 触んな、お前も触れてしまったら、もしかしたら病気になるぞっ!」
「おおっと!」
 いいながら、触りそうになっていた手を戻す。
「なぁこれ怖くないか? 好きな人殺せとか、それに幻怪病ってなんだよって感じ」
 一平が言うと、坪内が、
「怖いな、いったい誰がこんなことを書いたんやら」
「犯人は坪内でもわからんよなぁ?」
「わからんね、うちの学校のものではないというか、この世のモノとも思えないんだが……」
「そっか。まぁ坪内も犯人が分からないならどうしようもないな」
「で!? その幻怪病!? ってやつにならないためにお前は今日中に美樹ちゃんを殺めるの?」
「な訳ねーだろっ! こんな悪戯まがいな手紙を信じて、大きな犯罪を犯したくねーよ」
「そうだよな、で、ラブレターは書いたの?」
「書いた! 一晩考え抜いてシンプルにまとめた。放課後屋上で会って結果を待つ」
「そうか、俺は、あの子の良さが全然わからんけど、うまくいくといいなっ!」
 話ながら歩いていると、学校に到着した。
「手紙入れてくるっ!」
 学校に到着するなり、一平は玄関で池田美樹の下駄箱を探した。美樹はいつも一平の学校到着より10分近く遅いのが普通だった。だから今日も美樹より早く学校に来ることができ、美樹が靴を履く前に、手紙を下駄箱に入れることが出来た。
「セーフ! やっぱり、まだ来てないっ! 手紙にきっと気づいてくれるはずだ」
 坪内が、
「よかったな」
 一言。
 教室に一平と坪内が到着した。教室に着くなり、自分の席に座る一平と坪内。一平は教室の左後ろあたりに座っていて、一平の隣の席が坪内だった。そして左後ろ最後尾の席――一平の後の席が池田美樹の席である。彼女がいないことを確認して、一平が、
「まだこないかなぁ……もうこの教室に入ってくるころには俺の想いはもう伝わってしまっているからなぁ……」
 小声で一人呟く一平。美樹が来るのをドキドキしながら待ち遠しくなる。
 教室は授業前の喧騒で溢れていた。男子生徒同士の笑い声と女子生徒同士のおしゃべりの声。
 あと、5分でチャイムがなる時間になっており、朝のホームルームはもうすぐ始まる。
 しかし、彼女は来ない。
「……」
 3分前。
 まだ来ない。
 先に先生が教室に入ってきた。女教師の立沢梨花先生だ。ショートカットヘアーで、スラリとした足がタイトスカートから床へと伸びていた。
(あ、先生きちゃった)
 一平が言う。
 5分前くらいには美樹はいつも来ていたのだが。何をしているのかと心配になる。
 1分前。
 まだ来ない。
「キーンコーンカーンコーン!」
 チャイムが鳴ってしまう。元々登校は遅い方だが、遅刻するほどの美樹ではない、きっと何かあったのだろう。もしかして体調不良で欠席かと心配する一平。
 立沢先生の朝のホームルームの挨拶が始まった。
「はいっ! 静かにっ! ホームルーム始めます」
 立沢先生が朝の連絡事項を告げたその時だった。
教室のドアガラスの向こうに美樹が入ってくる姿が見えた。しかし、すぐには教室に入って来ない。美樹は、カバンから消毒用エタノールを取り出し、ドアをいつものように消毒し、ようやく、教室に入ってきた。入ってくるなり、言葉少なに、
「すいません、遅れました」
 小声で先生に謝罪した。息切れもしていないし、寝坊とかで走ってきた訳でもないように見える。
 美樹は、あまり似合わないと思われる赤いスカーフで縛られた長い髪に、地味な印象を受ける赤縁メガネ。顔は少々整っているが、自信のなさそうな瞳は、女性としての品をあまり高く感じさせないような印象がある。しかし、その自信なさげな瞳とは裏腹に、豊満なバストと、スラリとしたスレンダーで華奢なイメージを受ける足は、少しは自信を持ってもいいのかなと思わせるような体つきだった。
「2分遅刻」
 立沢先生がそう指摘すると、
「1分54秒です」
 自分の腕時計を見ながら正確な時間を言う。
「細かい事はいいのっ! なんで遅刻したの?」
 立沢先生がそういうと、ちょうど席についていた美樹が、突然指をさし、
「末永くんのせいです」
 指をさされたのが一平だった。
「え!?」
 思わず声を上げ、驚きの表情を見せる一平。
 再び小声の暗い声で、美樹が、
「私の下駄箱になんらかの痕跡があったんです。中を調べてみたら手紙が入ってありました」
 とそこで、
「フゥー!」
「ラブレターだ! それっ!」
 教室の男子生徒の黄色い声。美樹は続ける。
「手紙の封には差出人の名前は書いてなく、手紙を手に取るとチョコでついた指紋がついてありました。私の推理ではこの段階でこの手紙の差出人はチョコをよく食べてる坪内くんか、それをもらってよく食べる末永くんだと思いました。でも、どちらかはっきりさせたいので中身をみる前に、理科室へ行って、顕微鏡で指紋を調べました。そしたら、指紋は末永くんのものだとわかりました。時間がなかったので中身はまだ読んでいません。ここで読みましょうか?」
「ああああああああ! やめてぇぇぇぇぇぇぇ!」
 一平の悲鳴の声。みんなの前でラブレターを読まれたら、恥ずかしくて死ぬ。そんな全裸公開処刑同等の行為を彼女は一平にしようとしている。
 すると立沢先生が、
「それはやめてあげて、末永くんの名誉にかけて。それにしてもよく指紋なんてわかったわね池田さん」
「重要なデータですから」
 こう言うところが美樹がミステリアスと言われる所以である。クラスのみんなの指紋など把握してもなんのメリットもないと思われるが、彼女にとっては重要なデータであるそうだ。
 クラスの男子の誰かが、
「一平も隅に置けないなぁ、ラブレターとか」
「ヒューヒュー! 付き合っちゃえよ」
 そんな声が聞こえる中、立沢先生が、
「はい、それではホームルーム終わります」
 ホームルームは終わった。
 その後一平にとってはあっという間に時間が過ぎた。
 授業中も告白の返事はどうなのかドキドキしながら時間が流れた。
 そして放課後の時間。
 一平が教室から出ていくなり、屋上へ向かおうと廊下を歩いていたら、後ろから美樹がついてきた。
 屋上に来てくださいとラブレターに書いたから、二人とも屋上に向かうのだろう。
 一平は少し早めに行って先に待っていたかったが、まぁいいかと、美樹の前を歩く。
 屋上へ繋がる階段を歩き、屋上へのドアを開ける。
 美樹はやはり、潔癖症のため、屋上のドアも消毒してからドアノブを掴みあける。
 屋上の中へ二人は入って行く。
 屋上を少し歩き、一平の後に美樹がいる。一平が振り返り、美樹に向かって意を決して
「池田美樹ちゃん、手紙読んでくれましたか? 返事を聞かせてくださいっ!」
 右手を差し出す。
 すると美樹は、その右手に消毒液をぶっかけ、一平の右手をバンっと美樹の右手で振り払い、
「あなた。これ。どういうこと?」
 その時美樹が一平に見せたのは今朝美樹がもらった手紙だった。
 しかし、それは渡したはずのラブレターではなかった。
 内容はこうだった。
『この手紙を触れた者は、24時間以内に好きな人を殺しなさい。もし殺せなかった場合あなたは幻怪病という恐ろしい病気におかされます。以上』
 不幸の手紙だった。
 どういうことだと、一平は焦った。思考を巡らした。じゃあ自分の手元にあるのは、不幸の手紙ではなく、渡すはずだったラブレターで。
「そうかっ!」
 そういえば、チョコがついた手紙は不幸の手紙だったんだと。
 一平は、大きなミスにようやく気付く。
 それに、美樹が、淡々とした口調で、
「これは、私に遠まわしに死ねと言っているのかしら?」
「ご、ごめんなさい」
 そこで一平は思った。ラブレターを渡してないことになっているのならどうして、屋上まで美樹は来れたのか?
「美樹ちゃんどうして屋上まで?」
「こんな手紙渡してくるから、尾行していただけ」
「怖っ!」
 一平のリアクションに、思わず美樹は、
「怖いのはどっちかしら、好きな人を殺せとか」
「それは……冗談というか……じゃなかった、なんというか……」
 弁明しようといい訳の頭が働かなく
「その朝届いた手紙を間違って渡しちゃって。本当はラブレター渡そうと思ってたんだけど……」
「あなた自身が誰かから受け取った手紙ということ?」
 美樹の問いに大きく頷く一平。美樹の問いは続く。
「で、あなたは私が好きでラブレターを渡そうとしたのね? でも手紙の内容は好きな人を殺せって受け取ったってことは……」
 少し美樹が考えてから、
「つまり、わたしを殺さない限り、あなたもこの訳のわからない病気になる可能性があるってことかしら……」
 理解が早いなとばかりに、頷く一平だったが、
「でも、安心してっ! 美樹ちゃん。僕は美樹ちゃんのこと好きだけど、美樹ちゃんを殺したりはしないよ。それに、この訳のわからない手紙や訳のわからない病気なんてそんな信憑性の高いものじゃないし、きっと誰かの悪戯だよっ」
「そうかしら……」
「そうだよ」
 とそこで怖そうな顔つきで、美樹が言う。
「これは、本物だと思う……」
 ヒューッと冷たい風が流れる。
 普段ミステリアスな彼女が言うとなんだか物凄い説得力を感じてしまって。
 急に怖くなる一平。
「ラブレターは渡せなかったけど、ここで、口頭で、想いを伝えますっ!」
 再び勇気を振り絞って
「好きです。付き合って下さいっ!」
「……」
 しかし彼女はすぐには、答えない。
「返事を聞かせてほしい」
 すると美樹が、
「私の事が好きだって? 私を本当に愛してくれる人なんて誰もいない。どうせ卑怯に裏切られ、捨てられ、蔑まれる身。昔からずっとそうだった。私を愛してくれるのは、私一人で十分。でもこの手紙に触れてしまった以上、私が好きな私を、私自身で死なないといけない。でも、死ぬのは嫌。まだ死にたくない。だから、あなたを怨みながら病気になるのを待つしかない……」
「美樹ちゃん……?」
 彼の想いとは裏腹に、重たそうに言葉を口にする美樹。美樹の生い立ちは一平も分かっていた。母親を早くに病気で亡くし、父親からは暴力などの虐待を受け、小学校中学校時代もイジメを受けていたという。
 苦しい過去を持つ彼女が言うだけあって、言葉の一つ一つが重たく感じる。
「さようなら……もう関わらないで……」
「美樹ちゃん? へ、へんじをきか……」
 言い残し、再び屋上のドアノブを消毒し、その場から出て行く美樹だった。
「さようなら……もう関わらないでって。これ絶対フラれたに等しいよなぁ……」
 こうして、不幸の手紙を受け取った一日目の学校は終了した。

 幻覚と幻聴

 タイムリミットが迫っていた。
 24時間。
 手紙に触れ、開封してからの時間である。
 24時間以内に一平は美樹を殺さないと幻怪病という病に侵される。
 そんな事を意識しているのか、いないのか。
 一平は朝を迎えた。
 ベッドで寝ていた一平はゆっくりと目を開ける。カーテンの隙間から差しこむ眩しい光に思わず一平は、
「眩しい……」
 一平は昨日事を思い出す。告白の際、美樹が最後に言い放った言葉。
(さようなら……もう関わらないで……)
「きっついなぁ……もう関わらないでとか……」
 時計を見る。今日は少し動きだしが遅い。時計の針がもう7時45分である。昨日の手紙に触れたのは、7時50分くらいだっただろうか?
 ともかく、8時30分までに学校へ行かなければならない。急いで、着替えて、ご飯を食べ、歯を磨き、学校に行く準備を整える。
 時計の針が8時を過ぎた頃だっただろうか?
「ピンポーン」
 インターホンが鳴った。
「誰だ、登校前に?」
 一平は玄関まで行き、玄関口の扉を開ける。
「……」
 玄関口の外を見るが、そこには誰も立っていなかった。
「なんだよ……これもまた悪戯かぁ?」
 訝しい表情で、ドアを閉めた。
「昨日の朝から誰かの悪戯のせいでとんだ迷惑だよ……本当にもう……」
 愚痴を言うなり、玄関の靴を履き、学校へと向かった。
 学校への道中。
 一平は、いつもの参道を越えて、並木道を歩いていた。
 昨日の朝届いた不幸の手紙。そのことを一平は考えながら、
「もうきっと24時間たったよなぁ……でも、なんの病状もないぞ」
 幻怪病。24時間以内に好きな人を殺さないと幻怪病という病気になるはずなのである。
「まぁ、あんな悪戯で病気になんてならないよなぁ……」
 そのときだった。横断歩道を渡る美樹の姿が見えた。それを見て、一平の表情は一瞬緩んだが、
(もう関わらないで……)
 美樹の言葉が脳裏をよぎる。
 しかし、そのとき。
 歩行者用の信号が青のはずだったが、美樹めがけて車が突っ込んでいった。
 クラクションの音。
「!」
 とっさに、一平が走り、美樹に体当たりする勢いで体を横断歩道の道路の向こうまで、押しのけた。
 歩道で、豪快に転げる二人。
「いったぁ……末永くん痛いじゃないの! 何よいきなり、危ないじゃない!」
 美樹が怒りながら一平に言うと、一平が、
「危ないのは、あの車だ! クラクション鳴らしながら突っ込んできやがった、本当あぶねぇ……」
 言いながら、車の方を指さしたが、そこには何の車も無くて。
「え!? 車は……」
「どういうこと!?」
 ひゅーっと、風の音だけが聞こえる。一平はさっき突っ込んできた車が何故ないのか不思議な表情。
 美樹は、一平が何を言っているのか、なんでタックルするように突き飛ばされたかわからず、思案顔で。
「車なんて無いじゃない! どういうこと!? もう関わらないでって言ったよね!?」
「そうじゃない、確かに車が突っ込んできてて……」
 とそこで、遠くからその様子を見ていた坪内が現れて、
「おいおい、何してるんだ、朝から二人とも体くっつけて! お盛んだねぇ! 派手に二人とも吹っ飛んでたけど、何かあったのか?」
 すると、一平が、
「美樹ちゃん目がけて車が突っ込んできたんだよ、俺は危ないと思って、助けようと思って……」
 坪内が、怪訝な表情になり、
「何言ってんだ? 車なんてきてなかったぞ。俺には、凄い勢いで一平が勝手に美樹ちゃんに抱きついて吹っ飛んでいったようにしか見えなかったんだけど……」
「え!?」
 第三者の坪内も言うように、車は来てなかったみたいだ。驚きの表情をみせる一平。
「きっと病気だわ……」
 細い声で美樹が言った。
「あなたは、幻覚を見たの。手紙に書いてあった幻怪病の症状が今出たんだわ」
「クラクションの音は?」
「幻聴よ」
「じゃあ……まさか、朝のインターホンの音……」
 小声で言う一平。全て繋がりだした事実に、驚きの顔で、
「美樹ちゃんは大丈夫? どこか痛いとか、幻覚、幻聴とかはない?」
「今擦りむいた足の傷以外は、痛いところはない」
「ご、ごめん……」
 謝る一平。
「それに、私が手紙に触れたのは、昨日の授業中の10時30分頃、症状が現れるとしたらそれ以降だわ……」
「じゃあ、あの手紙は……本物!?」
 不安な表情になる一平に、美樹が、
「だから言ったじゃない!? あれは、本物だって」
 そこで、坪内が、
「どうやら、やべー手紙だったみたいだな。この世のものではない、何かの呪いに一平はかかっちまったみたいだな」
「そのようね……」
 美樹が言う。
「きっと10時半以降にわたしも病気になるんだわ……」
 暗い表情で言う美樹に対して、一平が、
「大丈夫! 美樹ちゃん。病気だろうと何だろうと襲いかかってきても、僕が立ち向かうから……」 
 そんな事を言う。
「あなたに、なにが出来るの? もう関わらないでお願いだから……」
 そう言って、美樹は足早に学校へと向かっていった。
 走り去っていく様子を見届ける一平と坪内。
「おい、お前昨日フラれたのか? もう関わらないでって言われてたけど……」
「坪内、実は僕、昨日間違って、あの不幸の手紙を美樹ちゃんに渡してしまったんだよ。ラブレターと間違って」
「まじかよ、アホかお前!? 好きな人を殺せとか書いてあった、あんな物騒な手紙を彼女に渡したのかよ」
「ああ……」
「終わったな……お前の恋も。で、今一平は病気になっちまったって事は、美樹ちゃんはどうなんだ?」
「さっき言ってたろ、10時半以降に病気の症状が出始める可能性があるって……」
「そういう意味だったのか、さっきの会話」
「そうだよ……とりあえず、もう学校行かなきゃ遅刻の時間だ、急ごう」
 二人も、足早に学校へ行った。
 授業開始して現在時刻10時15分。
 あと15分後くらいで、美樹の病気が出てくる可能性がある。
 そんな状況で一平は授業中、周囲を見渡していた。
 なぜか声が聞こえる。しかし、幻聴とも違う。周囲の人間が悪口を言っているように聞こえる声。
 実際には聞こえないが、そういうふうに言ってるように聞こえる。
『じゃまなんだよ、おまえどっかいけよ』
『おまえなんか生まれてくる価値ねぇんだよ』
『おまえのこと嫌いなんだよ』
『嫌いなんだよ……嫌いなんだよ……嫌いなんだよ……死ねよ……』
 どんどん言葉が一平の頭の中に聞こえて、
『死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……』
 頭が痛い。頭痛がする。脳内の声がどんどん大きくなり、
『もう関わらないで……』
 限界を迎えて。
「うるさーーーーーーーーーーーーーいっ!」
 授業中にも関わらず、叫び声をあげた。時計の針は10時32分だった。
 しかし、叫び声をあげたのは一平ではなく、池田美樹だった。
「はぁ……うるさい、うるさい、うるさい! どいつもこいつも、わたしの事をバカにしやがって……」
 ノイローゼ気味に、美樹が周りに言うと授業中の先生が。
「池田さん? どうしました? いきなり大声出してっ!」
「何でもないです……ちょっと頭痛がして……」
「池田さん保健室へ行ってなさい」
 先生が言うなり、一平も
「先生俺も頭痛がして……保健室に行きたいです」
「行ってなさい」
 他の生徒が、
「末永、美樹を保健室で襲うなよ」
「ヒューヒュー!」
 なんてことを言う。
「違うんだってば、本当に頭が痛いんだ」
 そう言って、二人は、教室を出て保健室へと向かった。
 保健室への廊下を歩いていると、一平の前を歩く美樹が言った。
「末永くんにも聞こえたの? さっきの声?」
「うん。幻聴ではないと思うけど、頭の中を取り巻く声みたいなのが聞こえた」
「妄想ってやつかしら……」
「多分そうかも」
「どんな事言ってた?」
「あまりよく覚えていないけど……嫌いだとか……死ねだとか……」
「やっぱり同じね」
「そっか……」
 どうやら美樹もまた、本当に病気にかかってしまったようだ。二人は保健室にたどり着き、保健室の中にいた保険の先生に症状を説明した。
「統合失調症の疑いがあるね二人とも」
 保険の先生--阿部那津子(あべなつこ)先生が言った。
「統合失調症は、100人に一人がかかると言われている精神疾患なの。その陽性症状で、妄想、幻覚、幻聴などがあるの。原因はよくわかっていないけど、脳のドーパミンが過剰に分泌しすぎて症状を引き起こしてしまうというのが一般的だわ」
「そうですか……」
「やだなあ。あくまで可能性の話よ。そういう病気もあるってこと。まあ、ひどいようだったら病院に行ってみるといいわ」
 先生がそう言うと、美樹が、
「そうですか……わかりました。今日病院に行って診てもらいます」
 先生が心配そうな表情で二人を見つめたが、少し休んでから、二人は再び授業へと戻った。
 その後、二人は病院へ行った。
 帰りの道中。一平の前を美樹が歩く。後を歩く一平に言った。
「幻怪病--一応この地上では統合失調症のような病気として、扱われているみたいだけど、末永くんどうしてくれるの」
「ご、ごめん……」
 ただただ謝るしかない一平。元々手紙を受け取った最初の人物は一平であり、その手紙さえ彼女に渡さなければ、何も起こることはなかったはずなので、彼女が問い詰めるのも無理はない。
「謝ってすむ問題? 治らないかもしれないのよこの病気」
 二人とも病気であるが、一平は自分の病気以上に彼女を病気にしてしまったという責任感で頭がいっぱいになり深く反省した。
「治るよ……きっと」
「何を根拠に治るなんて言ってるの」
「ごめん……」
「きっと統合失調症以上にこの幻怪病と呼ばれる病気は恐ろしい病気なんだと思う」
「どんなに怖い病気でも、美樹ちゃんの事助けるから、なにか力になるから……」
「やめて、あなたに関わられるときっと、私……不幸になるから、さようなら……」
 そう言って美樹は、一平との帰りの分かれ道から、自分の家へと帰って行った。
 一人、家路へと向かう一平。
「私……不幸になるからか……完全に嫌われたな」
 そう呟いて、家に帰った。

第二の手紙

 声。
 声が聞こえる。
 頭の中に鳴り響く声が。
 それは彼女の声だ。
 美樹の声。
――謝ってすむ問題? 治らないかもしれないのよこの病気――
――何を根拠に治るなんて言ってるの――
――やめて、あなたに関わられるときっと、私……不幸になるから、さようなら……――
 やめて。
 やめて。
 やめて。
 不幸になる。
 さようなら。
 不幸になる。
 さようなら。
 そんな声が次々と頭の中をかけめぐる。
 すると美樹が手紙をとりだす。
「末永君、この手紙読んで」
 そう言い、美樹が手紙を渡してくる。
 なぜかそれは、髑髏マークのシールで封がされていて。
 そのシールをはがし、封から手紙を取り出す。
 内容はこうだった。
「1か月以内に死になさい、死ねば私は助かります」
 そんなことが書かれていて。
 死になさい。
 死になさい。
 死になさい。
 彼女の声が頭をかけめぐる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 思わず一平は、雄たけびを上げる。
 とそこで。
 一平は目を覚ました。
 どうやら、夢だったようだ。
「酷い悪夢だ……これも、幻怪病の影響か……」
 トランクス姿でそんなことを言う。
「あ!? もう時間だ! 学校行かないとっ!」
 早々と準備をし、玄関へと向かった。
 玄関のドアに手をかけた。
 そのときだった。
 このまえの不幸の手紙が届いた日と同様に、郵便の受け取り口から、ふわっと一通の手紙がおちた。
「なんだこれっ……」
 言いながら、手紙ついつい条件反射で拾ってしまう。
「これは!?」
 驚きの声を上げる一平。
 このまえは不幸の手紙だった。
 そのときとまったく同じ雰囲気を感じさせる、差出人不明の手紙。
 中身を開けるかどうか、一平は悩んでいた。
「このまえと似た雰囲気の手紙だ……中を開けた方がいいのか? やっぱり危険だよなぁ……」
 思考をめぐらせる。
 また、なにかの呪いがかかる脅迫文かもしれない、そんなことを思った。
 でも、もう触れてしまった。
 触れた以上、きっと、中身を確認してもしなくとも、なんらかの効力の持つ手紙なら、その効果が出てしまうだろう。
 だったら、中身は確認しておいたほうがいい。
「ちっ! もう触っちまったからなぁ……」
 中身を確認するため、一平はようやく手紙を開封することを覚悟した。
 おそる、おそる、中身を確認する。
 中に書かれた内容はこうだった。
『この手紙を触れた者は、一カ月以内に死になさい。あなたが死ななければ、あなたの好きな人が殺されます』
 驚愕の内容だった。l
 思わず、顔面が蒼白になる。
「一か月以内に、死ねって……じゃないと、美樹ちゃんが……」
 とそこで、今日の日付を確認する。
 5月26日。
 つまり、一か月以内に死なないと好きな人が死ぬというのは、
「6月26日を迎えるまえに、俺が死なないと、美樹ちゃんが死ぬ……」
 そんなこと呟く一平。
「でも、好きな人が死ぬって言うのは気持ちであって、この思いさえ断ち切れれば、美樹ちゃんは死なないですむし、僕も死ぬ必要がなくなるってことだよな……」
 一平の思考は決断した。
「美樹ちゃんのことを、諦めよう……美樹ちゃんのためだ。なるべく、自分から関わらないようにしよう、幻怪病になった以上、この手の手紙は、きっと本当のことが書いてあるはずだ」
 そう言って、カバンに二通目の不幸の手紙を入れ、玄関のドアを開き、学校へと向かった。
 その道中。
 いつもの並木道で、やはり坪内が現れた。
「おはよー、一平。昨日は、大丈夫だったか? 美樹ちゃんと、病院行ったみたいだけど」
 坪内が心配そうな表情で聞いてくる。
「大丈夫じゃねーよ、診断結果が統合失調症だってよ、おそらく手紙の効果のせいだ」
「そうか……お前も美樹ちゃんも、その幻怪病ってやつにかかっちゃった感じか」
「ああ……」
 とそこで、今日の朝届いた二通目の不幸の手紙のことについて、坪内に説明しようか、どうか一平は瞬時に悩んだ。
「なぁ、坪内」
「なに?」
 これは命に関わることだ、しっかりと坪内に説明しようと思っていたが、逆に、人の行き死にに関わることだから、親友の坪内に内容を説明すると、親友が危険に晒されてしまうかもしれない。一平はそんなことを考えた。
「やっぱ何でもない……」
 少し暗い表情で言う一平。
「何でもない、か……まぁ無理に詮索しないが、なんかあったら言えよ、一応小学校時代からの親友なんだから」
 そんな優しい言葉をかけられて、もし万が一坪内の事が好きになったらと考えた直後一平が、
「うぇ、気持ち悪ぃ……俺はそんな趣味ねぇから、ってか坪内が死ぬことはないか……」
 そんなことを小声で呟く。
「なんか言った?」
「なんでもない」
 そんな会話を続けていると、二人は学校に到着した。
 学校の教室に入るなり、すぐに一平が、美樹が席にいるかどうか確認した。
 美樹はいなかった。
 まだ、学校に来ていないようだった。
(意識するのもあんまよくないよなぁ……愛の反対は無関心)
 そんなことを思う一平。
 好きな人が死ぬかもしれない。
 自分が死なないと死ぬかもしれない。
 彼女のためにも、一平は美樹の思いを断ち切ると決めた。
(無関心というか、少し嫌うくらいがいいのかな……いや、いかんいかん、やっぱり気にしないほうがいいよな……気にしない、気にしない……)
 そんなことを思っていると、美樹が教室に入ってきた。
 やはり、いつものように教室のドアを消毒用エタノールで消毒してから、ドアをあける。
 そして、何事もなかったように、頬杖をついて席に座る。
 それに、意識するなという方が無理だとばかりに、ばりばり美樹のことを意識してしまう。
(いかん……いかん……気にしない、気にしない)
 そんなことを思う一平。
 その後立沢先生の朝のホームルームが始まり、一時間目の授業。
 その一時間目の授業中いきなり、後ろにいた美樹が、一平の背中を指でつんつんつついてくる。
 振り返る一平、無言で美樹が白いノートの切れ端のような紙を渡してくる。
 なんだろうという不思議な表情になる一平。
 紙にはこう書かれていた。
『休憩時間になったら屋上まできて』
 そう書かれていた。
 彼女からもう関わらないでと言っていたのに、自分から関わってくるなんてと、不思議な表情になる。
(いったいなんだろう……なんの用だろう……)
 一平は、授業中その後ずっと、疑問に思いながら時間だけがたった。
 そして休憩の時間。
 屋上へと向かった。
 屋上では美樹と二人っきり。
 5月の春風が屋上の二人を包む。
 美樹がきりだした。
「今日、朝に手紙が届かなかった?」
「え!? なんでそれを!?」
「多分わたしも、同じ手紙が届いたの」
「おなじ手紙!?」
 美樹がそう言うと、手に持っていた手紙を見せてきた。
 そこにはこう書かれていた。
『この手紙を触れた者は、一カ月以内に死になさい。あなたが死ななければ、あなたの好きな人が殺されます』
 全く同じ手紙だった。
 驚きの顔をみせる一平が、
「美樹ちゃんもか……それと同じ手紙だよ……俺にも届いた」
「で!? あなたはどうするの?」
「どうするって……」
「死ぬの?」
 美樹の言葉とは裏腹に淡々とした口調で美樹が聞いてくる。
「死ぬことは出来ない……でも、美樹ちゃんの事好きになるのはもう諦める」
「そう……誰も好きにならないってことね」
「美樹ちゃんは?」
「わたしは、死ねない。私が好きな私自身が、このまま消されていくのもいや……。だから……」
「だから?」
 そう一平が聞くと、美樹がやはり淡々とした口調で、
「あなたに責任をとってもらおうと思う……」
 少し怖い表情で、言う美樹。
「責任? どういうこと?」
「まず、あなたは誰も好きにならなくていい……私は、好きの対象を私から、あなたに移すつもり。私は死ぬつもりはないから、あなたのことを私が好きになって、あなたが殺されるだけ……ただそれだけ……責任とって」
「責任……」
 ふぅーっと息を少しすって、美樹が言う。
「今日から、あなたの事を好きになる。だから、死んでください」
 死んでください。
 美樹にストレートに言われた。
 彼女事はまだ好きだが、もう好きになってはいけない。
 でも、彼女は一平の事を好きになると言っている。
 そこで、一平も意を決したかのように言う。
「美樹ちゃん。上辺だけで好きになるって言っても、僕は死なないよ。本当に僕に死んでもらいたいなら、僕のこと殺したいくらい好きにならないとだめだと思うよ」
 一平がそんなことを言う。
 美樹に愛されることは、この先死んでしまう可能性を意味する。
 しかし一平は、美樹に愛されることに、それほど抵抗を感じてないようにも見える態度だ。
「これは、わたしの命がかかっているの。最初は確かに時間がかかるかもしれないけど、絶対に私は生き延びるから」
 美樹の言葉は内に秘められた強い意志を感じるように見えた。
 こうして、二人の命をかけた恋愛は始まろうとしていた。
 
 初デート

 5月30日。
 第二の不幸の手紙が届いてから4日が過ぎていた。
 今日は休日。
 一平は、美樹の誘いで映画館の前にいた。
 初めてのデートである。
 美樹が一平の事を好きになるため、まず形から入ろうとデートをすることを決めた。一平の事をもっと詳しく知って、一平に思いをよせようという考えだ。
 一平は、動きやすそうなラフな格好で、美樹の到着を待っていた。
 美樹はおそらく、性格的に集合時間より早く来ることもなければ、遅く来ることもないだろう。
 ほぼほぼ時間ぴったりの時間にくると一平は考えていた。
 そして、集合時間1分前になったころ。
 美樹が現れた。
「おはよう」
 一平が言う。
「おはよ」
 小声で淡々とした口調で美樹が返す。
 美樹は、ロングスカートにいつもの赤縁眼鏡と赤いスカーフ。
「じゃあ、映画みようか」
「うん……」
 二人は、映画館の中に入った。
 映画館では、客席フロアの中段の列の真ん中あたりに座り、上映を待った。
 上映待ちの時間で、美樹が言う。
「末永くん少し質問いい?」
「いいよ」
 美樹は、ポケットから小さなメモ帳と小さなボールペンを取り出した。
「おおかた末永くんの情報は知っているから、あまり聞くこともないけど、間違いがないか再度確認したいから、聞くね。ざっとメモを読むから聞いてて。間違っている個所があったらあとで指摘して」
 美樹は、ミステリアスな気難しい子だ。かなり人を機械的に情報としてとらえ、日ごろからデータを集めている。
「はい」
「名前末永一平(これは戸籍抄本を確認していないから確認は出来ていない)性別男、身長172センチメートル(測定方法により誤差があるかも知れないがこれはおおよそ正確な値)体重56キロ(これも誤差があるかも知れないがおおよそ正確な値)、年齢15歳7月7日生まれ(これも身分証明正を見たわけではないので未確認)、星座はかに座(7月7日生まれという事実が本当ならば、かに座に該当される)血液型はA型(これも採血から血液を実際に調べたわけではないので未確認)、家族構成は、父親と母親が幼少期の頃離婚、父親が親権を持ちその父親は現在単身赴任。兄妹の存在は不明。今のところ家では一人暮らし。家は駅前から徒歩10分のところに位置するアパートに暮らしており、家賃6万3000円の1LDKで生活している。親友は、坪内泰宏との交流が深く、小学校時代からの旧友である。趣味は不明。長所不明。短所不明。ざっとこんなとこかしら? どう? あってる? 間違いはない?」
 個人情報を次々と言ってくる美樹に、一平はあきれ顔になる。
「うーん……あ……あってるよぉ。よく調べたね。ってかちょっと怖いんだけど」
「私が知らないことはまだまだたくさんある。もっと末永くんのことを知らないといけない」
「えっと、確かに相手の事をよく知って好きになるってのは大切なことだと思うけど、知るっていうのはそういう情報を機械的に集めて知るんじゃなくて、もっと、こう、感覚的なというか、感情的に、こういうところが好きだなぁっていう、目に見えない、内面的なものを自然と感じたりすることが大切だと思うよ」
「どういうこと? 目に見えない内面的なもの? 例えば?」
「えっと……例えば、この人こういう優しさがあるんだぁとか、この人こういうとき男らしさあってかっこいいなぁって、思ったりだとか」
「ふむふむ。じゃあ具体的に末永くんの優しさと、男らしさを教えて」
 聞かれ、一平は困ったような表情で。
「それは、僕の主観的な評価は参考にならないよ。美樹ちゃんが感じた、客観的評価が大切。人がどうこう言ったとか、本人がどうこう言ったからってそうだという訳じゃない。自分が感じたありのままの気持ちが大切だと思うよ」
「わたしにはそれがよく分からない……」
 少し悲しげな気持ちなのか、表情からはそれはうかがい知るのは難しかったが、美樹が小声でそう言った。
 一平が言う。
「あ、映画始まるね」
 映画が始まった。
 映画は洋画「セーブヒロイン」というタイトルで、特殊な能力を持つヒロインがその能力を目当てにマフィア達にさらわれ、それを助けるために、主人公がマフィアと戦い、無事ヒロインを助けて、最後は主人公とヒロインが熱い抱擁と愛のあるキスでクライマックスを迎えるという内容だった。
 映画が終わるなり、一平が言った。
「面白い映画だったね」
 それに、少し首をかしげながら、美樹が答えた。
「主人公が何故あそこまで、命をかけて必死にヒロインを助けにいってるのかわからなかった」
「それは、ヒロインのことを愛してたからだよ」
「それがよくわからない。自分のことだったらまだわかる。死にたくないから殺されそうになって戦うとかならわかる。でも、人のためにあれだけ必死になれる意味がわからない」
「そっか。美樹ちゃんは、あんまり愛とか、恋とかの恋愛経験はない感じなのかな?」
「ない。今までは知りたいとも思わなかった。愛とか恋とかどういうものなのか。おそらく知ることはないだろうって。誰かを愛したこともないし、誰かに愛されたこともない。親でさえそうだったから」
そんなことを言う美樹に一平が、
「まだまだこれからだよ。きっと美樹ちゃんの事愛してくれる人が現われると思うし、美樹ちゃんが愛する人きっと出てくるよ」
「今は、末永くんのことを愛さないといけない。そういう感情が出てくるまで、とりあえず、一緒にいて」
 お互い目を見つめながらそんなことを言う。
「もしそういう感情が出てきても僕は応えることが出来ない立場だけど、僕のこと愛してくれたら、僕はすっごく嬉しいよ」
「そうなの?」
 不思議そうな表情を見せる美樹。
「うん!」
 一平がそう言うと、思い出したかのように、
「あ、だめだめ。美樹ちゃんのこと僕は好きになっちゃダメなんだから。特別な感情は抱いたらだめだもんね」
「そうだよ。わたしのためにもね」
 そんな会話をして、二人は映画館を出た。
 映画館の出入り口で。
「次、どこか行きたいところある?」
 一平が聞くと、
「とくに私が行きたいところはない。とにかく、末永くんの事をもっと知りたい。情報を集めたい。よくあなたのことが知れる場所に行きたい」
 一平は苦笑いしながら、
「その情報を集めるって言い方やめない? まぁ僕が行きたいところかぁ。僕が行きたいところというより、美樹ちゃんに行ってほしいところはある」
「どこ?」
「美容室! もっとオシャレにしよう! みんな美樹ちゃんがとても地味な服とか格好してるから、美樹ちゃんがすごく綺麗で可愛いってことよくわかってないから、それをみんなに知らしめようよ。僕もさらに綺麗になる美樹ちゃん見てみたいし」
「オシャレって言われても、全然私わかんない。それに美容室苦手。髪の毛とか知らない人に触られたくない」
 普段から潔癖症の美樹にとっては、美容室は苦手な場所だった。化粧は普段しない訳ではないが、最低限の化粧だけしかせず、髪の毛も自分でカットし、手入れしていた。
「うーん、ああいう仕事している人たちは、全然清潔だと思うよ。それに、オシャレして綺麗になったらもっと楽しくなると思うし、まぁでも今でも全然綺麗だとは思うけど」
「楽しくなる?」
「うん。楽しくなるよ。自分に凄く自信もてるようになると思うよ」
「そうなの? 人にどう思われたいとか気にしたことなかったから、全然わかんない」
「とりあえず、行ってみようよ」
 一平に勧められ、美樹はちょっと不満げな表情になるが、
「うん。我慢して行ってみる」
 そして二人は、美容室へ向かった。
 美容室に着くなり、お店に入り、一平は付き添い。美樹は店員にうながされ、鏡の前の椅子に座る。
 椅子に座るときも、常備していた消毒用エタノールをかける。
 店員の美容師さんが少し不思議そうな顔つきになるが、そのことに対して言及されなかった。
「今日はどんな感じにしますか?」
「知らない」
 少し無愛想な感じで美樹が言うが、美容師さんはさらに困った表情で、
「えっと、こちらに任せてくれる感じでしょうか?」
「好きにして」
 自分のことなのに、髪型をどうするかまるなげにされて美容師さんは困惑する。
 すると後ろで待機していた一平が、
「バッチリ似合うように、可愛く仕上げてあげてください。できれば(ゆるく?)パーマかけてくれたら、可愛いかも!」
 一平がそういうと、美容師さんが、
「彼氏さんですか?」
 美樹が首を振りながら、
「ううん、同じ高校のクラスメート。これから好きになる予定の人」
「好きになる予定? 告白するんですか?」
「しないよ。好きになるだけ」
「気になる人って感じなんですね」
「違う意味でね」
 その問いもよくわからないなぁという表情なる美容師さん。
「じゃあ、始めますね」
 美容師さんが言うと、カット作業が始まった
 一平はあえて、髪の毛を仕上げている過程は見ず、最後の仕上げたあとを見るのを楽しみにしていた。
 1時間ほどたったところで。
「はい! これで終わりです!」
 美容師さんが言う。仕上げ終わったようだ。
「ありがとうございます」
 小さな声で言う美樹。
 美樹が、待っていた一平の元へ近づく。
「終わったよ、どうかな?」
 美樹が聞くと、あえてそっぽ向いていた一平が美樹のほうに顔を向け、美樹の髪型を見て言う。
「え……」
 あっけにとられたような表情を見せる一平。
「可愛い……めっちゃ綺麗……ちょっと眼鏡とって見て!」
 心底美樹が可愛く見えたのだろう、言葉がなかなか出ず、普段の美樹とのギャップの差にとても驚いていた。
 美樹は眼鏡をはずし、一平の方を見た。
「可愛いよ! うん! すごく可愛い! 普段こういう髪型しないかもだけど、こっちもすごく好き!」
 美樹の背中のあたりまで伸びたしなやかな髪は、パーマがかかっていて、ふわりとした優しい印象を受けた。眼鏡を外すと、普段あまり強調されなかった整った顔立ちの良さがよくわかった。
「その格好で学校に行こう! みんなに見せようよ! きっと驚くよ」
 一平のその勧めに美樹は、
「そうかな? わたしはこの格好で学校行くのは少し抵抗あるけど……」
「いやだったら強制はしないけど、出来ればそうしてほしいな」
 そんな会話を二人はして。
「ありがとうございました」
 店員さんにお礼を言って、二人は、美容室をあとにした。
 二人はあてもなく歩いていると、美樹が突然言う。
「ねぇ、末永くん。手を繋がない?」
 そんなことを言ってくる美樹に驚いた表情になる。
「いきなりどうしたの?」
 美樹は、潔癖症のはずだ。自分から、人の手を握りたいだなんて、間違っても言わない子だと、一平は知っている。
「少しでも、愛ってなにか。知るため。恋人がいる人って、手を握ったりすることあるでしょ。いやでも、こういうのは形から、入ったりすることで何か変わったり、わかったりするかもしれないし。それにわたし我慢するし」
「我慢って……美樹ちゃんがそういうならいいよ」
 手を差し出す一平。
 すると美樹がどこにしまってあったかわからない、ゴム手袋をとりだし、片手だけそれを装着。
 装着した手で、一平の手を握る。
 それに一平は、困り顔で、
「どんなカップルも、こんな光景絶対ないよね。今は人通りが少ないから、大丈夫かもだけど、なんだか誰かに見られたらちょっと恥ずかしい気が……」
「そう? わたしはあんまり気にならないけど」
「それは気にした方がいいと思うよ」
 一平がそう言った。
 その後、もっとオシャレをしようと一平が提案し、デパートで美樹に似合いそうな可愛い服を買い、その後デパート周辺にあった観覧車に二人は乗ることになった。
 美樹は言われるがまま、最初とは全く違う服を着て、片手の手袋もはずし、違う雰囲気になった状態で、二人は観覧車に乗った。
 夕日が沈もうとしていた時間帯だった。
 観覧車から夕陽が沈む光景が一望できた。
 美樹と一平は向かいあわずに、お互い隣にどうしに座った。
「綺麗な夕陽だね」
 一平が言うと、美樹が、
「そう?」
 言葉少なに返した。
 二人はしばらくその夕陽を見ていた。
「今日はあんまり、末永君のこと知ることが出来なかったな」
「逆に美樹ちゃんのこと、俺もっと知りたいな。好きにはなっちゃだめだけど、今までのこととか、これからのこととか、知りたいな」
 美樹が窓の外の夕陽から目をそらし、したを見てうつむき加減に、
「わたしは……」
「うん?」
 とそこで、美樹は少し言葉につまるが、
「わたしは、お母さんが浮気して愛人との間で産まれた子なの。お母さんのおなかのなかに私がいることを知って愛人は疾走。それで浮気が発覚してお父さんは、酒に溺れてお母さんに暴力ふるうようになった。お母さんはそのあと病気で死んだってクラスのみんなは思ってるけど、本当は違う」
 一平はその話を聞きながら、ずっと美樹の表情を見ていた。
「本当は、お母さんは自殺した。首を吊って。私がまだ5歳の頃だった。その後私にもお父さんからの暴力は続いて、なにかにつけて殴られた。部屋を片付けろ、掃除しろだとか、汚いんだよとか、私が潔癖的になったのは、そういう父の影響が大きいの」
 美樹の話をただただ真剣に一平は聞いていた。
「そして小学校時代から、私の境遇や、私が潔癖的なことで、いじめを受けるようになった。陰湿ないじめは何度も続き。少し仲良くなりかけてた友達もいたけど、すぐに裏切られた。私と関わると、その友達もいじめられるからって。親も友達も何も信用できなくなった。私が信用できるのは、結局自分自身。せめて自分だけでも、自分で愛してあげようって私は思った。誰の愛も受けとれない。誰の愛も受け取らない。こんな醜く卑小な存在の私でも私だけが、自分を好いてあげなきゃって。自分で自分を褒めてあげようって。そう思った。でも、だめだった。私はいつも一人ぼっち。みんなに嫌われている。そんな中末永くんが私に手紙を渡してくれた」
「あのときは、ごめんね。こんな危険な状況をつくちゃって」
「いや、むしろ少し今冷静に考えてみれば、メリットはあったと思う。私は少なからず変わろうとしているみたいだから、本当は感謝しなきゃいけないかもだけど、そういう感情もよくわからなくて……」
「今、美樹ちゃんとこうして、二人っきりで観覧車に乗れてるのは、僕がミスしたおかげかもしれないけど、僕は素直に嬉しいよ」
 やはり美樹の目を見ながら、そう一平が言う。
 美樹もうつむいていた表情を一平の方へ向け、一平の目をみた。
 美樹からすると、一平の目は随分と透き通る純粋無垢な綺麗な瞳に見えた。まるで、濁りのない聖水のような透明感を感じた瞳。
 この瞳はきっと嘘をつくことはないのではないかと。
「なんだか、新鮮な感じ。感じたことない気持ち。こうして、誰かとどこかへ行ったり、遊んだりすることって、今までほとんどなかったから、なんかとても不思議な感じ」
「そっか」
「ねぇ……末永くん」
「なに?」
 一平が首を少し傾けて聞こうとする。
「私のこと裏切らないでね。私に嘘をつかないでね。末永くんのことを好きになれれば、多分わたしは、もの凄く変わると思う。いい意味か、悪い意味か、それはわからないけど、きっと何か変わると思う」
 とそこで、少し間を開けて、一平が応える。
「裏切りはしないよ。でも、嘘をつかないでってのは、ちょっと約束できないかもしれない」
「どうして?」
「僕は今でも美樹ちゃんのことは好き。でも、この気持ちのままじゃだめなんだ。自分の気持ちに素直にしたがってはいけないんだ。この気持ちになんとか嘘ついて、捻じ曲げて、君の事嫌いになったりはしないと思うけど、なんとも思わないくらいにならないと、僕は君を守ることはできない」
「そっか」
 美樹の表情からは、何を考えているのかは、一平はわからなかった。でも、今の自分の言葉で、美樹を少しだけ傷つけてしまったんじゃないかと思った。
 再び美樹は、一平の方から、視線を移し、うつむき下を見る。
 そこで、とっさに、一平が美樹の右手に左手を添えた。
 さっきはゴム手袋をしていたが、今は、していない。
 初めて、まともに触れた美樹の手。
 少し暖かさを感じる。
 その暖かさから、やはり一平は美樹が好きなんだと再確認する。
 美樹の気持ちは、今はわからないけど、その暖かさが凄く心地よいと一平は感じた。
 美樹もそれを受け入れたのか、何も言うことなく、数秒か、数十秒か、二人は手を重ねていた。
「あ、ごめんっ!」
 ふいに気づいた感じで、一平が手をひっこめる。
「ううん。別に大丈夫だったよ」
 一平の顔を見て美樹が言う。
 普段潔癖症の彼女が自分の手を受け入れてくれたことに、一平は驚ろいたが、それ以上に自分が手に触れたことを許してくれたことが嬉しかった。
 穏やかな沈黙。
 外の夕陽は沈み、すっかり暗くなっていた。
 観覧車が一周を終え、二人は、観覧車から出た。
「すっかり、もう時間だね。帰ろっか?」
一平が言うと、
「うん」
 美樹が返事をした。
 そして、二人はデパートを後にし、電車に乗り、駅へと着いた。
 帰り道、一緒のところまで、一緒に歩き、分かれ道にさしかかるところで。
「美樹ちゃん。今日は、楽しかったよ。ありがとう」
 一平が感謝の言葉を口にする。
「うん。今日は、わたしのことばっかりだったけど、今度は、末永くんのこともっと知りたいな」
「わかったよ! じゃあね! 気をつけてね」
「ばいばい」
 そう言い二人は、自宅までの帰り道を歩いた。
 帰り道。
 一平は暗い街灯の下を歩いていた。
 その時いきなり、目の前の街灯の影から、うごめく黒い影のようなものが見えた。
 一平は怖くなり、足を止める。
 何だという、訝しい表情になり、ゆっくりとその街灯に近づく。
 しかし、その街灯には何もない。
 ただの暗がりに照らされる虫たちが集まっているのが見えるだけで。
「なんだよ。なにもないのか……」
 そんなことを呟いた直後だった。
 キーンという音とともに耳鳴りがした。
 思わず一平は耳をふさいだが。
 何かが聞こえてくる。
 それは声。
 どこからともなく聞こえてくる、甲高くささるような子供の声。
 その声が。
 一平に話しかけてくる。
「君のこと今日ずっと見てたよ」
「え!? 何!? 誰!?」
 驚きの顔を見せる一平。
「ああ、僕の声聞こえるんだ」
「誰? 誰?」
「もう病気だもんね、君」
「なんで病気の事を知ってるの?」
「それはべつにいいじゃん。まぁぼくのこと説明すると、ぼくは、この世の者ではない、まぁいわゆる天界の神みたいな存在かな? えっへん!」
「どういうこと?」
「ところで君? あの子をどうするつもり?」
「あの子って美樹ちゃんのこと?」
「そうそう。どうするつもりなのかなって」
「なにか事情を知ってるものなのか?」
「そんなことはいいじゃん、質問に答えてよ。どうするつもりなの?」
「どうするって、どうもしないよ」
「そんなふうには見えないけどなぁ」
 とそこで、一平は考える。この姿かたちが見えない、声だけ聞こえる正体のことを。
 おそらく幻怪病の影響によるものであることは間違いないと思うが、こちらのおおよその事情を知っているように感じる。あの不幸の手紙は、この世のものでないことは推測できるので、そのことを知っている感じであるように思えた一平は、
「お前があの不幸の手紙を書いて俺に送ったのか?」
「お前って、神に近い存在の人をお前呼ばわりはよくないよ。君なんて殺そうと思えば簡単に殺せるんだよ。もっと言葉をつつしんで!」
「嘘だな。神かなんだか知らないが、もう、殺すつもりがあったらあんなまわりくどい手紙なんて送ってこないだろ、すぐに僕を殺してるはずだ」
「うーん、いろいろこっちも事情はあるんだけどなぁ。とりあえず、面白いものをもっとみたいんだよ。僕は、退屈してるから。ただそれだけ。それに君たち人間にもっといろいろなことを味わってほしい」
「とにかくお前があの手紙を送った送り主なんだな」
「そう解釈して合点がいくなら、そう思ってればいいさ、それは君の自由」
「質問に答えろ」
「真実を君はまだ知る必要はない、知っても楽しくないし、そう簡単に納得してくれるとも思っていない」
「話にならないな」
「まぁ今後も君の行動は覗かせて貰うよ」
「どういうことだ!」
 そう一平が言ったところで、聞こえてくる声がやんだ。
 一平は、あたり一面を見渡すが、しかしなにも見えない。
「なんだったんだ今の? ただ僕の病気がでてただけか?」
 一平は考える。今の声はしっかりと意思をもった何者かの声である。
 幻聴だったらもっと脈絡のない一方的な声や音のはず。
 今は確かに会話をしていた。だとしたら、姿形のないこの世のものではない存在があるということだ。
「意味がわからない……やはり、あの手紙は……」
 増していく手紙の信ぴょう性に、恐怖を感じる一平。
 今日のデートは楽しかった。
 今日のデートは嬉しかった。
 普段見れない美樹のオシャレをした姿を見ることが出来たし、少なからず彼女と仲良くなれたと思う。
 でも、よりいっそう彼女に対する思いを無くさなければならないと思った。
 今日の事、彼はとても反省した。
「何をしてるんだ、僕は……もっとしっかり美樹ちゃんのこと……」
 そう小声で呟いて、彼は家へと帰った。

 転校生降臨

 6月1日。
 平日の学校の日。
 今日はいつも以上に、教室は活気付いており、それには理由があった。
 今日このクラスに転校生が来る。
 しかも綺麗で可愛い女の子という噂だ。
 男子生徒はその噂に喜びの態度を隠せない。
 終始今か今かと、朝のホームルームの時間を待っている。
 教室には、既に一平と坪内の姿があって、
 美樹はまだ教室には来ていなかった。
 席に座る坪内が一平に話かける。
「一平、休日のデートどうだった?」
「楽しかったよ」
 坪内は一平が休日にデートに行っていたことを知っていた。一平からデートに行くことになったと聞かされていたからだ。
「しかし驚いたよなぁ、間違って変な手紙とか渡しちゃって敗色濃厚だったお前にまさかあっちから誘いが来るなんてなぁ、まぁ全然羨ましくないけどな」
 笑いながら坪内が言う。
「何か変わったことはあったか?」
「別に」
 答えると、その直後一平が思い出したかのように
「あ、そういえば美樹ちゃんが!」
 一平が昨日の美樹との美容室の事を話そうとすると、教室の扉が開いて、担任の立沢先生が中に入ってきた。
 しかしそのとき、美樹の姿はまだない。
 どうやら今日もなんらかの理由で遅刻してしまっているようだ。
 立沢先生が入ってくるなり、生徒達の喧騒も静まり、教壇の後ろにたった立沢先生が言う。
「はい、それでは朝ホームルーム始めます。
早速ですが今日は皆さんに嬉しいお知らせがあります。転校生がやって来ました。転校生はとても可愛い女の子です」
「うおっほーい」
「やったー」
 男子生徒たちの喜びの声。
「それじゃあ入ってきていいわよ」
 先生が少し大きめな声で言うと生徒たちの視線は一気に扉の方へ集まった。
 廊下で待機していた転校生が扉をゆっくりと開けた。ガラガラガラと扉が開く音とともにその子は教室へ入ってきた。
 教室の出入り口の前に現れる。
 そこには噂にたがわぬ絶世の美女がいた。
 一気にその美女が皆の注目を浴びる。
 彼女は眩しいほど美しかった。
 腰まで伸びる長い金髪。その金髪は歩を進めるたびにしなやかに揺れ、まとまりある綺麗で清潔感ある印象を受けた。
 目は意志の強さを感じる、くっきりとした切れ長の瞳。実に整ったその顔は綺麗な鼻筋とプルンとした柔らかそうな唇がとても可愛くに見えた。
 学校の指定の制服も彼女が着こなすと凛と美しかった。その美しい彼女が教壇の近くまで行くと足を止め生徒達の方を見る。
 今もしも万が一、彼女と目があったりでもしたら男子生徒だったら一撃で心を持っていかれるだろう。
「え!? めっちゃ可愛いじゃん!!」
「すげー綺麗!」
「大当たり!」
 そんな事を叫ぶ男子生徒たち。興奮する生徒たちを沈めるように先生が言う。
「はいはい。よかったね。可愛いのはわかるけど静かにね。それでは自己紹介お願い」
 切れ長の瞳を真っ直ぐに生徒達の方へ目を向けたまま、転校生が言う。
「初めまして!城ヶ崎翼じょうがさきつばさと言います。父の仕事の都合でこちらに引っ越して来ました。皆さんよろしくお願いします」
 翼と名乗った転校生が、自己紹介を言うなり、生徒達に笑顔で微笑んだ。その微笑みに男子生徒達はもうメロメロだった。
 立沢先生が言う。
「はい。じゃあ何か質問ある人?」
 そう先生が聞くと、
 主に男子生徒達が、次々と、質問してくる。
「可愛いですね!美の秘訣は何ですか?」
 翼が答える。
「毎日笑顔を絶やさないことですかね」
「お父さんの仕事は何ですか?」
「父は城ヶ崎財閥の社長をやっています」
「うえーすげーお金もってそう!」
 その言葉に、翼が少し勝ち誇ったような表情で、
「お金は人並み以上はありますね」
「中学の頃の部活動は?」
「演劇部に所属していました」
「好きなタイプの男性を教えてください」
 翼は少し思案顔になりながら言う。
「うーん、私のこと好きになってくれる人かな?」
 そう言うと男子生徒達が、
「えーそれなら俺にもチャンスあるぅー!」
「うおー好きになっちゃおっかなー」
 なんて事を言う。
 翼の言葉を聞いていた坪内が、一平に言う。
「だってよ。一平。美樹ちゃんよりこの子の方が断然可愛いからお前乗り換えるんじゃねぇの?」
 そんなことを言う坪内。
 しかし一平はそれを否定し、
「アホかお前。そう簡単に美樹ちゃん以外の女性好きにならないし、僕は今それができない状態なんだよ」
「どうして?」
 とそこで第二の手紙の内容のことを話しそうになるが、思い出す。坪内は第二の手紙のことは知らないはずだった。すぐに一平は話題をきりあげる。
「なんでもない。べつに。それにもう僕美樹ちゃんのことも諦めたからな。誰にも乗り換えないよ」
「え!? どういうことだ!? あれだけ好きだったのに」
 困った表情で一平が、
「こっちだっていろいろあんだよ。あんまり根掘り葉掘り聞くな」
「そっか。まぁお前もいろいろあんだな、まぁ好き嫌いは人の自由だもんな」
 そんなことを言って坪内はもう聞くのをやめる。
 翼の「好きになってくれた人が好き」という発言は少し女子生徒達の反感をかう発言だったかもしれなかったが、女子生徒達はそれを態度には見せない。
 質問は続く。
「将来の夢は何ですか?」
「将来ってのは決まってないですが、何事もナンバーワンになることが目標かな」
 これも微笑みながら言う翼。
 その後も男子生徒ばかりからのいくつもの質問が続き、時間をを見計らって立沢先生が、言う。
「はい。じゃあ、そこまで。ちょっと長くなりそうだから、あとは聞きたい人は休憩時間に聞いてね! それでは、城ヶ崎さんの席は、あそこに座ってください!」
立沢先生が指をさす。
指をさした先は、一平の後ろの方の席で、美樹の隣の席だった。
 翼は促されるなり、その席へむかう。
 そして、着席する。
 朝のホームルームが終わろうとしていた、その時だった。
 ガラリ、教室の扉が開く音がした。
 みんな扉の方へ目を向ける。
 そこには、消毒用エタノールで扉を消毒したばかりの美樹の姿。
 だが、いつもと美樹の格好が違う。
 いつもの地味で目立たない格好の美樹の姿ではなかった。
 一平が休日に美容室で見たような、綺麗で普段しないような可愛いおめかし姿の美樹がそこにいた。
 しなやかなパーマのかかった黒髪を揺らし、いつもの赤縁眼鏡も赤いスカーフもしていない。
 普段見せない顔立ちの良さが、はっきりとわかり、誰が見ても可愛げのある美しい女性に見えた。
 それをみて、さっきまで転校生の翼のことに夢中だった男子生徒達が言う。
「誰!? 誰!? この可愛い子!?」
「教室間違えちゃったのかな!? どうしたの?」
「え!? めっちゃ綺麗な子!」
 そこで、立沢先生がその子が美樹とはわからずたずねた。
「どちらさまでしょうか? ここは1年2組の教室ですが……」
 言われて、美樹が立沢先生の方を向いて、
「あ……私、美樹です。池田です……」
 そういうとクラスのみんながさらに美樹の顔を凝視し、確かに面影があるところから、
「なんだ……美樹ちゃんかぁ……誰かと思った……」
 そう生徒が言って、数秒後。
「って!? 美樹ちゃん! あの池田美樹ちゃん! 変わりすぎでしょ!ってかめっちゃ可愛い!!!」
 驚いた表情で生徒たちが言う。
「嘘でしょ!!! あ、でも手に消毒用エタノール持ってる!!!」
 生徒の一人が言って、美樹が持っていた消毒用エタノールを指さした。
「本当だ!! 美樹だ!!! どうしたの!? そんな綺麗になっちゃって!!」
 クラスのみんなが美樹の変貌に大きく驚く。
 しかし、それに少し、嫌な表情で美樹に転校生の翼が視線を送る。
 担任の立沢先生を言う。
「えっと、池田さん! 一応遅刻です。気を付けてください!」
「すいません、ちょっと化粧に時間がかかって……」
 その美樹の言葉にみんながさらに驚く。
「え!? あの美樹が化粧に時間かけるって、どうしちゃったんだ」
「いやぁ驚いた……あの美樹が化粧ね……」
 男子生徒達がそう言うと、美樹が席につこうとする。
 転校生の翼の隣の席が美樹の席である。
 そして、翼の座っていた席に美樹が近づいてくる。
 そこで、美樹が翼に向かって言う。
「あなた誰? ちょっとそこ私の席なの。どいてくれる?」
 翼は立沢先生が指をさしていた席に座ったつもりだったが、間違えて隣の美樹の席に座っていた。
 翼が立沢先生の方を見て言う。
「先生! 隣がわたしの席ですか?」
「そうです」
 そう先生答えると、翼が美樹の方を向いて言う。
「ごめんなさい。美樹さんって今呼ばれてた人。私は城ヶ崎翼よ、それにしてもあなた可愛いわね」
 翼の褒め言葉にも、美樹が興味がなさそうに、
「ふーん、翼さんね、了解」
 そういうと美樹がさっきまで翼が間違って座っていた自分の席に座ろうとするが、すぐには座らない。やはり、持っていた消毒用エタノールで入念に机や椅子に隅々までふきかけた。
 それを見て翼が言う。
「ちょっと美樹っていう人? 何してるの?」
「見ての通り」
 素っ気なく美樹が答える。
 美樹の消毒行動に、翼は少し嫌な表情を見せ、言う。
「わたしが汚いってことかしら!」
「そういう訳じゃないけど……」
「どういうことよ!」
 少し険悪な雰囲気になりそうなところを、近くに座っていた、坪内が、
「その子、訳あって、潔癖症なんだよ。翼ちゃん、どうか、気を悪くしないであげて」
 なんてことを言う。
 対して翼が応える。
「まぁ、理由を聞いただけなので、怒ってはいないわよ。翼は優しいから、この程度のことはなんとも思ってないわよ」
 そんなことを言って、その場はなんとかまるく収まる。
 そして、その後の授業の時間。
 翼は、美樹のことを意識しているのか、何度もチラチラと視線を美樹の方へ視線を移し、それを美樹に悟られないように何度も見る。
 美樹はそれに全く気付くことなく、授業を受ける。
 授業が終わり、休憩の時間。
 休憩時間では、翼の席の周りに、多くの男子生徒と女子生徒の姿があった。
 聞きたいことを聞こうと人が集まっていた。
 翼は、一人一人質問に答えていくが、やはり、そこでもチラチラと美樹の方を向いている。
 とそこで、その翼の視線の先の美樹の席の周りにも、普段は絶対集まらない生徒達の姿があって。
 翼の周りの人数と、美樹の周りの人数を、頭の中で数え始める翼。
(わたしの方が一人……少ない……私転校生で今日は主役のはずなのに……)
 そんなことを心のなかで思う翼。
 美樹の席の方では、男子生徒が、
「美樹なんでそんな格好してるんだよ~いやぁ、驚いたわ!」
「美樹ちゃんってギャップある子だったんだね!」
「いつも地味な格好してるのに、おめかししたら、結構イケてるじゃん!」
 そんなことを男子生徒達が美樹に言う。
「そう……?」
 あまり興味がなさそうな感じの美樹のリアクション。
 それを聞いて見ていた翼が、
(なによ、この潔癖女! 冷めた態度とっちゃって! どうやら普段の姿と違うって感じで騒がれてるみたいだけど、翼のほうが絶対可愛くてナンバーワンなんだから!)
 翼がそんな美樹に対するライバル視を抱くが、それを表に出さないように、隣の席の美樹に、言う。
「ねぇ潔癖ちゃん。潔癖ちゃんは、普段どういう格好なの? どうして今日は違う格好しているの?」
「普段は眼鏡とスカーフしてる。パーマは休みの日にかけた。普段はしてない。末永くんにこの格好で学校に行けって言われたからきた」
 美樹がやはり淡々とした口調で言う。
「え!? 美樹ちゃんと一平って付きあってるの?」
 男子生徒がそんなことを聞く。
「ううん。付き合ってないよ。一緒に映画と美容院言った時に言われただけ」
「それってデートじゃん! ヒューヒュー!」
 男子生徒の冷やかしの声に、近くで聞いていた一平が恥ずかしそうに、
「やめろよ、お前ら、恥ずかしいだろ」
「この前ラブレター書いてたもんな!」
 それを聞いていた、転校生の翼が、
「末永くんって言うの? 末永くんは、この潔癖ちゃんのこと好きなの?」
 突然そんなことを聞いてくる。
「好きだよ。でも、今は、ちょっと諦めようとしているところかな」
 苦い表情で言う一平。
「潔癖ちゃんのどこが好きなの?」
 翼が聞く。
「うーん、ミステリアスなところが好きかなぁ……他もいろいろあるけど……」
「ふーん……」
 何か企んでいそうな表情になる翼。
(こいつが潔癖ちゃんの男か……)
「ちょっと私、トイレ行ってくるね!」
 言って翼がトイレへと向かう。
 翼はトイレの中に入ると、鏡に映る自分の顔を見て、言う。
「翼……今日も可愛いね……それにしても、あの潔癖女! なんなの! みんなの前で、あんなことして!」
 朝の消毒行為に悪態をつく翼。
「何よ! いつもは地味な格好してるみたいだけど、今日だけそれでギャップなんて演出して、注目集めちゃって! 私は転校生で私が主役なのにあの潔癖女め……」
 自分の顔の化粧の仕上がり具合を鏡で確認しながらそんなことを小声で呟く翼。
「翼がこの高校のナンバーワンになる予定なんだからっ! 翼の美貌に勝てる女なんて、絶対にいないのよ!」
 鏡で自信のある自分の顔をずっと見つめる翼。
 するとだんだんその自分の顔が、なんだか美樹の顔に見えてきて……
「え……」
 すると、翼が後ろを振り返る。
 後ろには、美樹の姿があった。
「潔癖ちゃんさっきはどうも! よくもあんなことしてくれたわね……」
 それに、一瞥もくれず、美樹が、
「なんのことかしら?」
 言うが、翼が美樹に歩みより、
「その隠し持ってある、消毒液よ! みんなの前で消毒しやがって、あれじゃあ私が汚いみたいじゃない!」
「それは、ごめんなさい。私、子供の頃から、病気なの」
「まぁいいわ。今回は翼が優しいから許してあげる。ところで潔癖ちゃんあなたは、さっきの末永くんという人は好きなの?」
挑発的な態度翼が美樹に尋ねる。
「私は……」
というところで言葉が止まる。
少しためらってから、美樹は続ける。
「私は……末永くんのことは今はよくわからない。でも、絶対に好きにならないといけない……」
「ならないといけないって、どういうこと?」
 まわりくどい美樹の表現に疑問の表情で、翼が聞くが、
「あなたには、あまり関係ないから……別に気にしなくていい……」
 そう言うと、翼が、睨みつけるような顔で、
「関係ない……? どうかしら? 翼、末永くんの事、一目見てちょっと好きになっちゃったかも! ちょっとかっこよかったから、翼もこれからたくさんアピールしちゃおうかなぁ……」
 そんなことを翼が言う。
 これは本心なのかどうなのか。
 美樹は、翼の目をじっと見る。
 その瞳は、この前観覧車のなかで見た一平の目とは違って、どこか嘘をついているような、純粋無垢な感じではなく、なにか企んでいるような目に見えた。
 きっと嘘をついている。
 美樹は思った。
 それに対して美樹は、
「それは、ご自由に。私は私で末永くんの事好きになるから。むしろ、末永くんがあなたのアピールであなたのこと好きになったら、こっちも都合がいい」
「都合がいい? どういうことかしら?」
「別に……まぁ、死にたくなければ、あまりへんなことはしないほうがいいと思うけどね」
「死にたくなければって……やだぁこわーい! 翼に末永くんとられるまえの脅しかしら?」
「別に……」
そう言い、美樹がトイレに入ろうドアを開け、中に入ろうとするが、翼が足でドアを止める。
 美樹に言う。
 挑戦的な表情で、
「ねぇ、わたしと勝負しようよ。どうやら、あなたはクラスでも、少なからず人気がある見たいだから、普段はどうか知らないけど。私が学園のナンバーワンなの! どちらがこのクラスのナンバーワンになれるか? どちらが、末永くんを落として自分のものにできるか?」
 さっき会ったばかりの一平を落とせるかという、翼の発言。
 全く好意はないだろうと、美樹もわかってはいるが、その言葉が出た深層心理までは別に読みとろうとは美樹はしない。
「興味ない……」
 言葉少なく、美樹が返すが、翼が
「逃げるつもり? 逃げたら、翼がナンバーワンになって、末永くんも翼のものになっちゃうよ」
「好きにして」
 つまらないなぁという表情から、さらに挑戦的に、
「そういえば、今月中にこの学園のナンバーワンの美女を決めるミスコン2020がある予定みたいよ。あなたもどうせ出るんでしょ! ってか出なさい! これは翼の命令よ」
「従う理由がない」
「理由はあるわ。ミスコンで私に勝ったら、学園ナンバーワンの称号を得られる。私に勝ったという名誉が手に入る。これ以上にない、最高の名誉よ」
 胸を張りながら、自信気に言う翼。
「くだらない……」
 一蹴する美樹。そう美樹が言って、翼の足を自分の足で、押しのけ、トイレのドアを閉める。
 翼が締まったトイレの扉に向かって、怒った表情の小声で、
「なによ……わたしなんて眼中にないみたいに、カッコつけちゃって! いまに見てなさい、あなたの大切なボーイフレンドを翼のものにして、ミスコンで翼がナンバーワンになって、翼との差を見せつけて、あなたに恥をかかせてあげるんだから!」
 そう呟いて、トイレの出入り口から出て教室へ戻って行った。
 そのとき。
 トイレの中で美樹は考え事をしていた。
 自分は今後どうすればいいのか。自分はちゃんと一平のことを好きになれるのか?
 もしかしたら、6月26日に私はなんらかの形で死ぬかもしれない……
 それは自殺なのか、あるいは誰かに殺されるのか?
 自分は生きていたい。
 しかし、その自分の意思とは裏腹に、自分が死んでいく光景が頭をよぎった。
 それに、美樹は胸が突然くるしくなった。
 と同時に、キーンという耳鳴りが聞こえてくる。
 これは、病気の症状だ。
 すぐにわかった。
 どこからともなく、声が聞こえる。
 太く低い声。
 その声が連続的に言ってくる。
「君死ぬよ。君死ぬよ。君死ぬよ。君が殺すよ。君が殺すよ。君が殺すよ」
「うるさいっ!」
 思わず頭を抱えながら、言うが、声はやまない。
「彼も死ぬよ。彼も死ぬよ。彼もしぬよ」
 その言葉に、今度は一平が死んでいく姿が脳裏に浮かぶ。
「駄目……」
 そんなことを言う。
「殺したいくらい、憎いくらい人を好きになってごらん。失った悲しさの心の痛みで、君は愛に気がつくはずさ……」
 今度は、甲高い子供の声。
「誰?」
 美樹が尋ねるが、その声のぬしが続ける。
「僕は天異界のモノだよ。君は愛をしらないんでしょ。誰かの愛に愛されたり、誰かを愛したり出来れば、きっと君が今まで手に入らなかった気持ちって満たされるね」
「……」
 天異界のモノと声の主は名乗ったが、美樹は何も答えない。さっきまでの一方的な幻聴とは違って、自分の心をだれかに覗かれているような、そういう意思をもった声に感じる。
「満たされれば、君は満足だね。そこがゴールさ。始まりも終わりもどうせ同じということ。もう、その気持ちが手に入れば、死んだっていいよね……」
「わたしは……」
 美樹がそう言って、その声がおさまる。
 少しノイローゼ気味になった美樹が、
「もっと私変わらないとだめだな……」
 そんなことを小声で美樹が呟いた。
 休憩時間が終わろうとしていた。
 美樹は、トイレから出て、教室へ戻った。
 廊下を歩いている最中にチャイムが鳴るのが聞こえた。
 美樹は教室に戻ったころには、もう英語の授業が始まっていた。
 英語の先生は担任の先生の立沢先生だった。
「また遅刻! 池田さんもう授業始まってますよ」
「すいません……ちょっと調子が悪くて……」
 立沢先生が意外な表情をして、
「池田さんも調子悪いの? たった今、末永くんも調子悪くて、保健室へ行ったところよ」
 そう言われ、美樹は、一平の席の方を見る。そこには、一平の姿はなく、きっと病気の症状で調子を悪くしたんだろうと思った。
 美樹もさっき幻聴が起きたばかりだったため、また、授業中に幻聴が起きたらどうしようと少し不安になる。
「先生……私も調子悪いので、ちょっと保健室へ行って休んでいいですか?」
「最近二人とも調子悪いのね、この前も調子悪くて保健室へ行ったわよね。まぁいいでしょう。ゆっくり休んでなさい」
 そんなことを先生が言うと、男子生徒の一人が、
「美樹! 一平とラブラブするなよ」
 なんてことを言う。それを美樹は無視して、保健室へと向かった。
 翼は教室から去っていく美樹の姿を、用心深い表情見ていた。
 そして。
 保健室。
 保健室の中は空きベッドが一つ。もうひとつには、一平がベッドの上で横になっていた。
「あら、またきたわね」
 保健の先生の阿部那津子先生が、回転式の椅子に座り、美樹の方を向いて、そう言ってきた。
「先生ベッドで横になっていいですか?」
 美樹が聞く。
「いいわよ」
 言われ、美樹もベッドで横になる。
 美樹の横になっているベッドと、一平のベッドはカーテンで仕切られており、お互いの姿も阿部先生の姿も見えない。
 美樹は、仰向けで寝て、天井をただただ見上げた。
「美樹さんは、統合失調症って診断されたのよね? このまえ? その後どうだい?」
 手紙の病気のことは、阿部先生には言えないが、すなおに答えた。
「やっぱり幻聴とか聞こえますね。それがちょっと大変です」
「一平くんはどう?」
 と阿部先生に聞かれると、一平も応える。
「僕もたまに幻聴ありますね……」
 さっきも授業中一平は、幻聴があった。
 幻聴の内容は、やはり、連続的な残酷な言葉だった。
「二人とも、ちゃんと薬飲んでる?」
「飲んでます!」
 二人が同時に答える。
 その直後、再び保健室のドアが開いた。
 阿部先生は、出入り口に目を向ける。
「先生、初めまして。今日転校してきた城ヶ崎翼です」
 転校生の翼だった。阿部先生は初対面だったため、翼は自己紹介をした。
「初めまして、翼さん。翼さんも、調子わるくて来た感じ?」
「はい、ちょっと頭痛がして……」
「そっか……今、ちょっと、ベッドが二つとも使われているから、悪いけど、ここで座って休んでて!」
 阿部先生がそういうと、近くにあった椅子に座るように促した。
「はい……わかりました」
 阿部先生が、何か思い出したような感じの表情になって言う。
「ごめんなさい。三人とも。ちょっと職員室に用事があるから、職員室行ってくるね!」
 そう言って、阿部先生が保健室から出ていった。
 シーンという沈黙。
 この部屋には三人いるはずだが。
 やはり休んでいるため、実に静かだ。
 一平も仰向けで、毛布をかけ、休んでいると、何かローラーの椅子がベッドに近づいてくるのが聞こえた。
「末永一平くんだったよね! 翼よ!」
 カーテンの仕切りをくぐって、ベッドの前まで、翼がきた。
 その音と声を聞いていた美樹は、翼が一平の近くに椅子をずらして話をしにいったんだなぁとわかった。
 一平が美樹に答える。
「あ……城ヶ崎さん。頭痛酷いんすか?」
「そうなのよぉ、ちょっと今日頭痛が酷くて、転校初日だったのに、授業休んじゃった、えへ……」
 微笑み顔を一平に見せる。普通の男子だったら、翼のこの表情で、心を持っていかれるはずなのだが、一平はそうではなかった。
「ベッド使う? 僕どけるよ!」
 そう言いながら、一平がその場を離れ、ベッドを譲ろうとするが、翼が言う。
「いいの、いいの! ここで休んでて! 私の頭痛はたいしたことではないから」
「そうなの?」
「うん……」
 一平は仰向けになって、顔だけを翼の方へ向けている。ベッドの敷布団のシーツの上に両手を曲げて顎を手の上にのせ、一平の顔を見つめる。
「末永くん……末永くんって……なんか可愛いね! 可愛いし、なんかカッコいい!」
 これが本心なのか、どうか一平はわからなかったが、答える。
「ありがとう……なかなか普段女の子に褒められることないから……」
「え!? そうなの? 意外! かっこいいよ! けっこう初めて顔見た時ちょっとタイプって思っちゃった! えへ!」
 金髪のしなやかな長い髪を揺らし、顔を傾けさらに笑顔になる翼。
「翼さんは前の学校で好きな人いたの?」
 その質問に、翼は少し考えながら、答えた。
「うーん……翼に釣り合うくらい顔がよくていい男があまりいなかったから、好きな人はいなかったかなぁ……」
「そっかぁ……」
 少し自信過剰ともとれる翼の発言も、軽く聞き流す一平。
「ねぇ……末永くんのこと、気になるなぁ、いろいろ教えて?」
 その会話を聞いていた、美樹もカーテンの向こうから、
「私も聞きたい……」
 そんな美樹の小声が聞こえてくる。
「あら、潔癖ちゃんは他人に興味があるように見えない感じだと思ったんだけど」
 すると美樹が、
「末永君の事だけは、知りたいし、知らなければならない」
 そう言ってくる。
「僕は、美樹ちゃんは知ってると思うけど、子供の頃親が離婚して、父さんが親権をもって父さんと二人で生活してきた。父さんはいつも仕事が忙しくなかなか家で二人でいる時間はなかった。だから子供の頃から、兄弟がいて親がいてっていうような賑やかで暖かな家庭を全く知らない。出来れば将来は、好きな人と結婚して、自分の子供達と奥さんで、食卓を囲んで、温かな団欒を味わってみたいなって、思ってる。特別なことなんてなくていいんだ。ただただ普通の平凡とした幸せが僕は欲しいって思ってる」
 そう語る一平。
 その言葉に、翼は、
「え!? なんか普通過ぎない? もっとお金持ちで綺麗な人と結婚して、高い一軒家に住んだり、別荘をもったり、有意義に裕福な生活をしてみたいって思わない?」
 一平は聞かれるが、苦笑いしながら、
「そこまでは望んでないよ。僕は全然貧乏でもいいし、普通でいいんだ。確かにお金がいっぱいあったらいろんなことが出来るけど、今度はそれが当たり前になっちゃって、結局普通の幸せが喜べなくなると思うんだ」
 翼が返す。
「ふーん変わってるね。ところで末永くん。潔癖ちゃんが好きだって言ってたけど、潔癖ちゃんにもう告白したの?」
「うん。先月ラブレター送ったよ」
「ふーん……ラブレターね……」
 何か思いついたというような表情で言う翼。
 とそこで再び沈黙が流れる。
 数秒か、数十秒か。
 翼は一平のことを見ていた。
 しかし、一平は必死に翼に目を合わせないように顔をそっぽ向ける。
 突然翼が仰向けで寝ていた、一平の右手をすっと静かに握る。
「何してるの?」
 小声で美樹に聞こえないように言う一平。
 すると今度は、翼が一平の寝ているベッドに上がって、毛布の中に入ってくる。
「ちょっと……」
 一平が言うが、翼は、今度は一平の胸板あたりを、片手で撫でてきて……
「やめてください……」
 一平には、何が始まろうとしているのかわからなかった。
 翼の脳内の思考回路はこうだった。
(男なんて寝とってしまえば、簡単に私の者になる……こいつの事はどうでもいいけど、こいつが私の者になれば、あの潔癖女はきっと絶望するだろう……)
 そんなことを頭の中で考えている翼。
「ねぇ、翼といいことしようよ!」
「だめだって……」
「ねぇ……」
 もぞもぞガサガサと、物音がする。小声で何やら、いやらしい声がする。
 今もしも、誰かに見られたら、自分の人生はきっと終わると思う一平。
 がしかし、そういう時に限って――――
「ザー!」
 カーテンが開けられる音がする。
 ベッドの上でモゾモゾしていた一平と翼がカーテンの方を見る。
 そこには、こちらの方を見ている美樹の姿。
「何してるの?」
 感情のないような、別段驚くような感じではない、声で美樹が言う。
「え……これは……違うんだ……」
 一平がうろたえる。
「ベッドが二つでしょ。今ここに三人いるでしょ! 一つ足りないじゃん! だから二人で使って休んでたの!」
 そう答える翼。
 あきらかに二人は休んでいただけではなく、なにやらよくない事をしていたように、見えたが、そこまでは深く美樹は追求せず、
「あっそう……」
 美樹は、再びカーテンを戻し、自分が休んでいたベッドへ戻る。
 そのあと、急いで一平が毛布から出て、ベッドから降りる。
「翼ちゃん休んでていいよ、僕、もう授業戻るから……」
 そういい、足早に一平は保健室から出て、教室へ戻るのだった。
 そして、時間が過ぎた。
 放課後。
 下校の時間。
 帰り道を、一平と美樹は途中の分かれ道まで一緒に歩いていた。
 一平が美樹に言う。
「さっきの保健室の件なんだけど……」
「うん」
「あれは、あの、その、城ヶ崎さんが勝手にベッドに入ってきて……でも、なにもなかったんだよ」
「あっそう」
「怒ってる?」
「べつに……」
とそこで、歩いていた足取りが少し、遅くなり、美樹が言う。
「だけど……少し不快だった」
「そっか」
不快だったという言葉。美樹が自分に嫉妬してくれているのか。その確かな真意はわからないが、一平は、話題を変え言う。
「明日は、学級会議があるね。今月開催されるミスコンの出場者を決めるらしい。美樹ちゃんは興味ない?」
「全然……」
美樹が応え、そこで、分かれ道にさしかかり、
「じゃあね!」
「バイバイ」
別れの挨拶をして二人は家へと戻った。

 第三の手紙

 6月2日。
 第二の手紙の発動期限まで、残りあと24日に迫っていた。
 朝。
 学校への登校時間。
 一平と坪内はいつもどおり二人で学校へと向かっていた。
 坪内は大好きなビックリくんチョコを頬張り、一平もそれをいただいて、二人で食べながら学校に到着した。
 玄関を通り、下駄箱に向かう二人。
 いつものように、一平は靴を上靴に履きかえようとした。
 下駄箱の小さな扉を開け、中の靴をとろうとした時だった。
 下駄箱の中の靴に目をやると。
 そこには、一通の手紙が入っていた。
 それに一平は気づいて、一旦再び下駄箱の扉を閉める。
 その様子を見て、坪内が、
「あれどうした一平? 靴履きかえないの?」
 聞いてくるが、唖然とした表情の一平が、坪内に尋ねる。
「なぁ、下駄箱に手紙が入ってたとしたら、これは、一体何だと思う?」
「それはもう、ラブレター一択に決まってるだろう!」
「そうか……」
 一平が言うと、坪内が一平の下駄箱を勝手に開け、中を覗くと。
 中の手紙が見えた。
「おお! ラブレターじゃん! 誰から!? 誰から!?」
 と言いながら勝手に、そのラブレターをとりだそうと手を伸ばそうとすると。
 一平が、慌てた口調で、
「馬鹿!! 触んな!! これは、ラブレターじゃなく、また不幸の手紙かもしれない」
 そんなことを言う。
 一平は第一の手紙、第二の手紙と不幸の手紙を二通受け取っているため、この三通目の手紙もきっとこの世のものではない、不幸の手紙であると考えていた。
 坪内は、第一の手紙の存在は知っているため、その言葉に返す。
「それは、ないんじゃないか!? ここは学校で、手紙は学校の下駄箱にあって、それにこの手紙見ろよ!」
 手紙の方を指さす。
 手紙は、ハートマークのシールで封がされていて、明らかにラブレターのように見えた。
 不幸の手紙のときとは、雰囲気が違うのは、一平もわかった。
「でもよ……ものは用心だ……本当に最悪の最悪、このラブレターに見える手紙は、僕を騙すためのカモフラージュかもしれない。もしまた、不幸の手紙だったら内容次第では取り返しのつかないことになってしまう」
 そう警戒する一平。
 坪内が尋ねる。
「じゃあ、どうするんだよ?」
 一平は聞かれ、考える表情で言う。
「この手紙に触ることは出来ないし、開けることも出来ない。触らず捨てよう!」
「え!? 捨てるの!? もしラブレターだったらどうするんだよ!」
 坪内が言うが、一平が、
「そのときはそのときだ。あとあとなんらかの形で誰がくれたか差出人はわかるだろう。まぁわかったところで、僕は、今は誰とも付き合うことは出来ないけど……」
「ラブレター送った子可哀想だよ、読まれずに手紙を捨てられるとか、本当最低だな! 一平!」
「なんとでも言ってくれ、僕はこの手紙が不幸の手紙だった時のことを考えている」
「まぁ好きにしろ」
 そう言って、坪内はその場を離れ教室へ向かった。
 そのあと、一平は、どこからか借りてきたピンセットでうまいことその手紙を触らないように、回収し、カバンの中にいれた。
 もう早いところ、この手紙を捨てたい。
 早くゴミ箱に処分したい。
 そう考えていた。
 教室へと向かう一平。
 教室の中に入る。
 教室はいつもの喧騒で賑やかだ。
 教室には、ゴミ箱があり、燃えるごみ専用のごみ箱の前まで行き、そこで立ち止まる一平。
 まわりをきょろきょろ見渡す。
 ラブレターを処分するところを誰にも見られないように、きょろきょろと周囲を確認する。
「みんな会話に夢中だ、こっち見ていない……」
 小声でそう呟いて、カバンの中の手紙をピンセットで掴み、そのゴミ箱へ入れる。
 なるべくみつからないように、ピンセットでゴミで埋め隠すようにする。
 無事ラブレターを処分し、一平は席に着く。
 一平の前の席には坪内が座っている。
 後ろの席が美樹。
 しかし、美樹は今日もまだ来ていない。
 右後ろの席が転校生の翼の席で。
 翼はもうすでに、席に座っている。
 すると、翼が席に座ったまま、一平に話しかけてくる。
「末永くん、おはよー」
 朝の挨拶。
 翼が可愛らしくウィンクしてくる。
「おはよう! 城ヶ崎さん」
 挨拶を返す。
 その後、少し坪内と世間話などしていたら、美樹が教室へ入ってきた。
 今日は遅刻しなかったようだ。
 やはり、ドアを消毒し入ってくる。
 教室に美樹は入ってきたが、しかし、昨日の美樹の姿とはまた違い、いつもの赤縁眼鏡に赤いスカーフ。いつもの地味モードの姿で美樹は、席に座ろうとした。
 その姿を見て、翼が驚きの顔を見せる
 男子生徒たちも美樹に気づいて言う。
「あれ~今日はいつもと一緒じゃん!」
「今日は地味モードかよぉ」
「昨日の方が可愛かったのになぁ」
 なんて素直な本音を言う男子生徒達。
 美樹が席についてから、翼が声をかける。
「おはよ! 潔癖ちゃん。これが本来の潔癖ちゃんの姿ね! うん……いいと思う! とってもあなたにお似合いだし、昨日の格好は全然似合わないからやめたほうがいいと翼は思うし、今のこの格好で、今度ミスコンに出るといいと思うわよ!」
 そんな皮肉としかとれない翼の発言。
 美樹は、翼に一瞥もせず、答える。
「そう?」
 言葉すくなに返した。
 その姿を見ていた、一平が、
「美樹ちゃん、今日はなんで、いつもの姿に戻しちゃったの?」
「昨日のあれ……化粧時間かかるから……もう基本これでいいかなって……」
 と、横からまた翼が、
「うん……いいと思う! それにしなよ!」
 なんてことを言う。
 そんな話をしていると、教室のドアが開く音がした。
 担任の立沢先生が中へと入ってきた。
 喧騒はやみ、立沢先生が教壇のところにつくと、朝のホームルームが始まった。
「はい! それでは、朝のホームルーム始めます! 今日はこの時間を使って、来週の6月8日にあるミスコン2020の出場者を決めたいと思います!」
 先生が言うと、男子生徒達が、
「おおーー! 俺らはじめてのミスコンじゃー! 楽しみー!」
「よっしゃー! 可愛い子いっぱい見れるぅー!」
 そんな声をあげる。
 立沢先生が続ける。
「女子生徒なら何人でもエントリー可能なので、それでは、出場したいひと! あるいわ、して欲しい人?」
 先生が言うと、席で頬杖をついて座っていた翼が、手をあげるのかと思っていたら、翼は動かない。何も言わず、じっと先生の方を見ていた。
 翼の考えはこうだった。
(私が手をあげるまでもない、どうせ翼は可愛いから、だれかが真っ先に勝手に推薦してくれるだろう、それより潔癖ちゃんを私が推薦してあげないと、彼女恥をかかせてあげれない。ほんとうについでだけど、私が推薦してあげよう)
 そう決意したとき、男子生徒が、
「美樹出たらどう!? 昨日の可愛いモードでさ! 今日の地味モードじゃなく、昨日の格好ででたらいいとこ行くんじゃない?」
 即効で美樹の名前があがった。
 他の男子生徒も、
「いいね! いいね! 昨日の格好なら優勝できるかも!」
 そんなことを言う。
 それを聞いていた、翼が、
(なんで最初にこいつの名前があがるのよ! 翼の方が可愛いし、綺麗なのに!)
 少し怒りの怖い表情になるが、それを我慢して、翼が言う。
「そうですねー! 美樹さん! ミスコン出るといいと思います」
 翼は、先生の前なので潔癖ちゃんとは言わない。
 そう翼が言うと、男子生徒が閃いた感じで言う。
「あ、そうだ! ついでに転校生の翼ちゃんも出ようよ! ミスコン!」
 他の生徒も、
「そうそう! ついでついで! ついでに出よう!」
 ついでは潔癖野郎だろって翼は思ったが、それは言わずに、そのついでの言葉気にいらなかったのか、
「ついでかぁ……どうしよう……翼ブスだし、可愛くないし、自信ないし、ついでなら私やめとこうかなぁ……」
 皮肉に聞こえるかなり浮いた一言。
 きっと男子生徒達が、そんなことないよとか、可愛いよとか、綺麗だよとか、反語を言ってくれるだろうと翼は期待していた。
 しかし。
「ごめんごめん! ついでは悪かったね! 強制はしないから」
「出てほしかったけど、嫌なら無理強いしないよ」
 男子生徒達の優しさアピールなのかあっさり引こうする。
(バカヤロウ、わたしのブス発言をまず否定しなさいよ。受け流してんじゃねー! それに簡単に引くんじゃねー! もっとぐいぐいきなさいよ! 私はナンバーワンになるためにこのクラスにいるんだから!)
 そんなことを思うが怒りの表情に出さないように、
「仕方ない。みんながそう出てくれって言うなら、私……出てあげてもいいよっ!」
 困惑顔から、可愛く首を傾け、笑顔で言う美樹。
「よっしゃ! 参加者まず1名!」
 男子生徒が言う。
 立沢先生も、参加者名簿に城ヶ崎翼と書きこむ。
「はい! 城ヶ崎さん参加っと!」
 参加が決まったところで、再び尋ねる翼。
「結局美樹さんは、ミスコン出るの? 出ないの? 私としては、とってもあなたに出てほしいけど……」
 そう美樹の方に翼が視線を送り、少し睨みつける。
「私は……別に興味ないので出ません!」
 そう美樹が言うと、立沢先生が、
「じゃあ他に参加者いませんか? いないなら、うちのクラスからは、城ヶ崎さん1名で参加ということで確定しちゃうけどいい?」
「ちょ……ちょっと待っ」
 小声で、焦りの表情で、うろたえる翼。
(潔癖ちゃんが出なかったら、直接対決で私が完全勝利を決めて、あの子に恥をかかせられないじゃない!)
 そんなこと思う翼だったが、
「もう決まりでいいんじゃねーの!」
 そう一人の男子生徒が、椅子を後ろに傾け、よりかかったまま鼻くそをほじり、その鼻くそをティッシュに包む。
「おい! きたねーぞ! おまえ!」
 笑いながら、他の男子生徒が言う。
 鼻くそをほじった男子生徒が、ゴミ箱めがけて、ティッシュを投げ入れる。
 ティッシュはゴミ箱にぶつかるが、入らず、その様子を見た立沢先生が、
「こら! 投げない! それに入ってない! ちゃんと手で拾って捨てなさい」
 そう言われ、その男子生徒は、ゴミ箱の前まで歩き、そのティッシュを拾い、ゴミ箱に手を入れ丁寧に捨てる。
 そのやりとりには、全く興味のなかった翼は、
(どうしよう! どうしよう! どうしよう! このままでは、あの子に逃げられてしまう。私に負けるのが怖くて逃げられてしまう)
 この状況を打開しようとなんとか推薦理由を必死に考えるが、思いつかない。
 しかし、その時だった。
「なんだこれ~!」
 ゴミ箱にティッシュを捨てに行った男子生徒が叫んだ。
 男子生徒はゴミ箱から見つけた、拾ったそれを、高々と上げた。
 それに教室の全員の注目を集める。
 それを見た一平が、驚きの大声で!
「馬鹿! それに触んな!」
 それは、ラブレターだった。
 手紙の封のハートのシールも見えたので、誰もがそう思った。
「ラブレターじゃん!」
 男子生徒の声。
「あーあっ」
 言いながら、見つかっちゃったっていうような、あきれ顔になる坪内。
 なぜかその光景を見た翼が、
「ちょ……それは……」
 小声で言いながら、さっきまでの追いこまれていた焦りの表情から一変、今度は少し驚き動揺したかの表情になる。
「触んなって言うことは、一平の手紙か? 一平がこの手紙捨てたのか?」
 そう男子生徒から、聞かれ、一平はバレてしまったという表情になり、動揺しながら答えた。
「あ……ああ……その手紙俺が捨てた……」
 クラスの皆が驚きの顔になる。
「一平が書いて、仕上がりが気に入らなくて、渡す前に捨てたんだな! ってか一平この前、美樹にラブレター書いて渡したばかりじゃん! 何別の人にラブレター書いて渡そうとしてんだよ!」
 なんてことを男子生徒に言われる。
 それを否定しようと一平が言う。
「いや、違うんだ……その、あの、それ貰って読む前にさっき捨てたんだよ! 誰が書いたかも確認出来てない……」
 と一平が弁解するが、
「そんなの信じる訳ないだろ、読む前に捨てる人なんて、いないだろ! どういうことだよ!」
 すると立沢先生も、
「末永くんそれは本当なの? だとしたら、あなたは酷いことをしているわよ。誰が差し出した人かもわからず、読まずに捨てるなんて。末永君もラブレター書いたことあるから、わかると思うけど、読まずに捨てられたら嫌じゃない! それに、末永くんはそういうことする人には思えないけど……」
 普通の人は、中身がなんなのか誰が差出人なのか確認する。
 一平は、それを確認しないで手紙を捨てた理由を説明することは出来ず、
「それは……」
 言葉が出てこない一平に立沢先生が、
「やっぱり末永くんが書いて捨てたんでしょ? 末永くんいろんな人にころころ心変わりするのは、良くないわよ! 男なら一途にいかなきゃ!」
 もう勝手に一平が書いたと断定されてしまった。
「まぁ、中身を読めばわかることだ! 一平、公開処刑だぁー!」
 そんなことを男子生徒が言う。
 誰が誰に送ろうとした、どんな内容の手紙なのか。
 読めばわかるので、男子生徒が声にだして読もうとした。
 そこで、立沢先生が、
「うーん、末永くんの今後のために、仕方ない読んでもいいわよ!」
 男子生徒が読みあげようとする。
 なぜか、翼が顔を赤くしていたが、手紙は読まれてしまう。
「あなたの事が好きになりました。末永君に一目ぼれってやつです。かっこいいギザギザ頭の髪型に、凛々しさを感じるモミアゲ。とても似合っています。声も素敵だし、第一印象がすごく優しい印象を受けました。出会って、まだ一日しかたっていませんが、もし今度のミスコンで私が優勝出来たら、私と付き合ってください。城ヶ崎翼より」
 それを読み終え、数秒の沈黙。
 そして、驚きの生徒達の声が、
「え!? 城ヶ崎さんが送った手紙じゃん!!」
「え!? 転校して一日で告白とかすごー!」
「ええ~! 城ヶ崎さん一平のこと好きなの!?」
 手紙を読んでいなかった一平が、今初めて内容を知る。
 それに、一平も驚いた顔になる。
「翼さんがくれた手紙なの?」
 一平が翼の方を見て、言う。
「う……うん。それは私が書きました……」
 恥ずかしそうに言う翼。
 しかし、翼はこれは逆にチャンスだと直ぐに脳内で開き直ることにした。
(ここで大きくこいつのことが好きだと宣言し、潔癖ちゃんに宣戦布告すれば、きっとダメージを与えることが出来るはず……)
 意を決して翼が言う。
「そうよ! 翼の頭のなかはもう、末永くんのことでいっぱいなの! 末永くんは美樹ちゃんのこと好きみたいだけど、私がこの学園のナンバーワンになって、末永くんと付き合いたいの!」
 一平は動揺を隠せない表情。
 その言葉に、男子生徒が、
「城ヶ崎さんが一平のものになるのは、残念だけど、本人がこう言ってるし……一平! 読まずに手紙を捨てたんだから、酷いよ! 責任とって、城ヶ崎さんがナンバーワンになったら付き合えよ!」
それに、翼が、
「翼頑張ってナンバーワンになるから! 末永君! でも、このまま美樹さんなしでもしも私が優勝したら、美樹さんに悪いし、美樹さんもやっぱり出場しない?」
美樹が一平のことが好きなのか、ラブレターを一平が渡した後二人はどうなったのか、クラスの人達は知らない。
「ってか美樹って一平のこと好きなの?」
「美樹! 一平とられちゃうぞー!」
「いいのかー?」
 男子生徒達が言う。
 一平が困り顔になる。第二の手紙の存在があるため、誰の好意も邪魔でしかなかった。誰かに好意を寄せられ万が一好きになってしまったら、その子は殺されるかもしれないからだ。
「やめないか? そういうの! 美樹ちゃんもさっき出ないって言った訳だし……城ヶ崎さんもきっと転校の引っ越しとかで疲れててなんかの思い違いとかだと思うよ」
 なんとかごまかそうとするが、翼がそこで、
「わたしの手紙を捨てた上に、そんなこと言うなんて……酷い! 末永君……」
 そこで、驚いたことに。
 なんといきなり泣き出す翼。
 翼の瞳から涙がこぼれてくる。
(私は、元演劇部よ。泣くことなんて容易い……これでどう出るかしら……)
 その涙を見て、一平はうろたえる。
「ご……ごめん……俺どうしたらいいだろう……」
 男子生徒達が言う。
「ほら翼ちゃん、泣いてるじゃんか! 責任とれぇ! 一平!」
 翼が泣きながら、声を震わし言う。
「それでも翼、末永くんのことが好き。美樹さんに勝って、優勝したら、絶対付き合ってください!」
 勝手に参加させようと美樹の名前をだして言う。
 それを見ていた立沢先生が、
「じゃあどうします? 池田さん、ミスコン参加しますか?」
 みんなが美樹の方を見る。
 一平も美樹の顔を見て、助けてくれという表情になり顔で訴えかける。
 一平としては、翼が優勝する可能性はおおいに高いと思ったし、もし優勝したら付き合うことはもう断りきれない流れを感じてしまっている。そうなったら、今後どうなってしまうかわからない。大変なことが起きてしまうかもしれない。だったら美樹も参加して、それを阻んでくれれば、自分は助かると考えていた。
「私が……」
 美樹は言葉を止める。ためらいつつも、言いかけたことを言う。
「私が……参加しなくてはならないなら、参加する……」
 抑揚のない声色で、やる気なさそうにそう言う。
「しないとだめよ! これは勝負なんだから! 学園のナンバーワンと末永くんを賭けた、勝負なんだから!」
 翼がそう言い、一平はさらに困った顔になる。
 立沢先生が、
「じゃあ、美樹さんも参加ね!」
 出場者名簿に、池田美樹と名前が記入され、美樹のエントリーも決まった。
 
 ミスコンの準備

 6月3日。
 第二の手紙の効果発動まであと23日。
 放課後の教室で。
 一平、坪内、美樹の三人が何やら席に座ったまま話をしていた。
 他の生徒達は、もう帰宅して教室にはいなかった。
 転校生の翼の姿もない。
 一平が今度のミスコンの事で三人で話し合いがしたいと言ったためこの場に残っていた。
 一平としては、美樹が何とか翼の優勝を阻んで、付き合うことを阻止してほしいという考えである。そのために作戦を立てようと、二人だけでは心細いので坪内にもアドバイスをいただこうということである。
 一平が言う。
「美樹ちゃん。今度のミスコンなんだけど、どうしても美樹ちゃんに優勝してほしくて、じゃないと、僕、城ヶ崎さんと付き合わなければいけないから……だから、今から作戦を立てようと思う」
「それで俺も呼ばれた訳ね」
 坪内が言う。
 そして美樹が、
「ミスコンって具体的に何やるの?」
 坪内が説明する。
「ミスコンは大きく二つの事をやる。歌を歌うのと、好きなコスチュームを着て、自己PRをするという二つの事。歌は指定曲を機械で点数を判定するのと、自由曲を歌い全校生徒が点数をつけるという二つ。最終的に歌の合計点、自己PRの得点、これらの総合得点が一番高い人が優勝になる」
「へぇ~、よく知ってんな坪内」
 一平が意外な表情で言い、続ける。
「じゃあ、歌の練習と自由曲の選曲。衣装作りと、PRの内容を決めないとね!」
「歌とか、私、歌ったことない……」
 美樹が言うと、一平が、
「歌を聴いたことはある?」
「あんまりない……」
「うーんどうしようかね……指定曲はこっちで決めれないから、ただ練習すればいいだけだけど、自由曲は歌を知らないし、歌ったことがないのなら……」
 と一平が言いかけたところで、坪内が言う。
「自作曲でも作ったら? 既存の曲だとみんな知ってるから、自作を歌うことで、オリジナリティが出て、目立てるかもしれんし……」
「一週間しか時間がないんだぞ! それは、無理だ! 間に合わない!」
 一平が返すが、坪内が、
「そこは頑張れよ! 一平も手伝ってよ! なんだったら、お前の家にあるアコギ使ってもいいと思うし」
「俺が演奏するのか?」
「ああ……」
「俺はそんなにうまくないぞ! 絶対に本番失敗する!」
「なにも、本番で曲弾けとは言わないよ。前もって練習して、一番うまくいった演奏をレ
コーディングしてそれを本番に流して、美樹が歌えばいい」
 そんな坪内の提案に、一平は少し納得いったような表情になって、
「あ、そうか。それならまだできるかな……にしても、かなり急いで曲作って、練習してレコーディングしないと……」
 とそこで、美樹が、言う。
「曲とか歌は誰が作るの?」
 坪内が言う。
「それは、二人で頑張って! おれは、そこまで面倒みれない」
「練習する時間は放課後でいいとして、場所がないぞ」
 そう一平が言うと、坪内が、
「場所の問題ね……いい場所どこかないかなぁ……」
 一平と坪内が考えていると、
「私の家で練習する?」
 美樹が言ってくる。それに、少し二人は驚きの顔になるが、
「美樹ちゃんの家行っていいの? お父さんとかいるんじゃない?」
「わたし、もう一人暮らしだよ。それに防音の壁だし、大丈夫……」
 美樹がそう言うと、坪内が、
「じゃあ、決まりだな。曲、歌作り、練習は美樹の部屋で二人で頑張るということで……次は、コスチュームだけど、これも自作がいいと思う。自作したことをしっかりアピールすることで、これも審査員たちの評価が上がると思う」
「だれが作るんだ?」
 一平が聞くと、坪内が美樹の方を見て、
「それは、当事者が作るといい。美樹、裁縫とかで服は作れるかい?」
「あまりやったことないけど、やってみる」
 美樹が言うと、坪内が決まったという表情で、
「よし! 決まりだね! どんなコスチュームにするかは、二人で話し合って決めな! 俺はもう帰るから! じゃあねー!」
 坪内が言って、荷物をまとめて、早々と教室をあとにする。
 教室では、一平と美樹が二人っきり。
 いい感じなのか、気まずいのか、よくわからない沈黙が続く。
 外は、夕陽が出ている時間だった。
 その夕陽の赤さが、窓を通して二人を赤く染める。
 赤く染まった、美樹の表情を見て、一平は、地味モードの美樹でも、やっぱり可愛いななんて思う。自分が好きになった美樹は、地味な姿の美樹が始まりだったし、口数の少ない美樹がいつも何を考えてるのか、とても気になったりした。いまでも、美樹が何を考えているのかよくわからない。普段潔癖症の美樹が、この前の観覧車で手を触れることを許してくれたこと、今日も自分が家に行くことを許してくれていること。どうして、受け入れてくれたのか、わからなかったと同時に、自分にとって嬉しいことだった。
「美樹ちゃんってさ……やっぱり不思議だし、可愛いよね……」
 一平が美樹の顔をしっかり見つめたまま、言う。
 それに美樹は、よくわからないなという表情で、
「どういうこと?」
「ミスコンに参加するって言ってくれたことは、少し驚いたし、意外だった。そういうところが不思議だし、それに、今とっても綺麗な表情してる」
 そんな素直な自分の気持ちを言う。
「私がミスコンに参加しようと思ったのは……」
 と言いかけたところで、言葉を止める。
 理由を言いたくないのか、どういう心の状態で言ったのか自分で把握できていないのか、ためらいながら、
「末永くんが困っていたから……その、助けたほうがいいのかな……って思って……」
 ちょっと恥ずかしそうにしている表情なのか。それは読み取りづらい顔だったが、そんな印象をうけた。確かに、目や表情で、美樹に助けを求めた。でも、そういうことで人を助けるような性格ではないと一平は思っていた。自分の知っている美樹は、もっと孤高で、ストイックで、人との関わりを極力持たないはずなのである。でも、あの不幸の手紙を渡して以降、少々美樹は変ろうとしているのを感じるし、変わっていっているのがわかる。
「ありがとうね! 美樹ちゃん! 美樹ちゃんのそういう意外な優しいところも僕すごく好きだよ……」
 そんな感謝の思いを口にする一平。
「わたしのことは好きにならないで。手紙のことがあるから……」
 少し切ない感じで言う美樹。
 自分が感謝の思いを口にしたことを、少し後悔する。
 自分は美樹を好きでいてはいけないんだ。
 自分は美樹を好きでいる資格はないんだと。
 正直6月26日までに、自分の思いを整理し、その思いをたちきれるのかが、自分にはわからない。
「そっか……そうだよね……」
 うつむき、下向きかげんで言う一平。
 しばらくの沈黙が流れ、美樹から、
「じゃ、一緒に家いこっか!」
 言って、二人は動きだそうとしたが、そこで、突然教室のドアが開く音がした。
 誰かが入ってきた。
 金髪の長い髪に、切れ長の瞳の女子生徒。
 翼だった。
 翼が教室に入るなり、二人がまだ教室にいたことに少し驚きながら言う。
「まだ、残ってたの? 何してんの? 二人とも!?」
 聞かれ、困惑顔で一平が答える。
「いやぁ、今度のミスコンのことで、ちょっと話してたんだよ」
「あら、そう……」
 言いながら、翼はゆっくりと自分の席へ近づいてくる。
 一平が翼に尋ねる。
「城ヶ崎さんもどうして教室に?」
 聞くと、翼が自分の机に手を入れて、
「あった! あった! これをとりに来たのよ!」
 それは、今日一平に捨てられたラブレターだった。ラブレターを拾った男子生徒が、直接一平に渡しなよと、翼へと渡されていた。
「え!? 今日の手紙?」
「そうよ! 末永くんに渡すはずだったラブレターよ。ここに忘れちゃって、もう一度あなたの下駄箱に入れといてあげようと思って、とりに戻ってきたの!」
「それは、もういいよ! 城ヶ崎さんの書いた内容はもうわかったから……」
「あら、そう?」
 そこで、翼が思い出したかのように、言う。
「あ、そうだ! 末永君。今日なんで翼のラブレターゴミ箱に読まずに捨てたの?」
 なんてことを少し怖い表情で言ってくる。
「それは……」
 やはり、そのことは説明できない。第二の手紙の存在はなるべく人に話すことは出来ない。話して、おおごとになったら大変だからだ。
 翼がさらに聞いてくる。
「きっと何か理由があるんでしょ? こんな可愛い翼が書いたラブレターなんだから、知っていたら、普通の男子だったら嬉しくて一生大切にして宝物になるはずなんだけど、読まずに捨てたってことは、何か隠しごとしてるんでしょ?」
「隠しごとは……してないよ」
 そんなことを言ってくるが、翼は引かない。
「嘘ね! 教えなさいよ! みんな翼が書いたことに驚いてて捨てた理由までは追求してなかったけど、翼は徹底的に追求するわ! じゃないと今日夜寝れないもん!」
「じゃあ、今日は寝ないでください」
 なんてことを一平が言うが、
「ふざけないで!」
 一切引かない翼。
 とそこで沈黙していた美樹が、突然、
「隠しごとはしてるよ。でも、末永くんはあなたのために言わないでいるの」
 少し怖そうな口調で言う美樹。
「だから、それを言いなさいよ」
 少しの間があってから、美樹が言う。
「命を賭けてまで知りたいなら、知ればいい。それにあまり、末永くんには関わらない方がいいわよ……」
「命に関わるほどの秘密なの? 末永くんに関わるなって、あなたが末永くんをとられるんじゃないかって心配だから、そう言ってるんでしょ。こんな可愛い翼ちゃんにとられちゃったらどうしようって、怖いんでしょ?」
「そう思いたければ、そう思えば……それは、あなたの自由よ」
「何よ! それ! もう……ってか、あなた友達いないでしょ、愛想ないし、何考えてるかわからないし、なんか怖いし……」
「そうかもね……」
 美樹がやはり、淡々とした口調の小声で言う。悲しげな、それでいて苦しげな気持ちなのか、やはりそれはあまり読みとれない表情だったが、それを感じた一平が言う。
「美樹ちゃんは友達いるよ。僕が友達だよ!」
 助けるように、一平が言うが、それに翼が、
「友達? あなたたち恋人ではないの?」
「違うよ」
 否定する一平に、翼が言う。
「じゃあ、キスは? キスはしてないの?」
「そんなのしてないよ」
「じゃあここでしてみてよ!」
 翼がそういうと、動揺した感じで、一平が答える。
「それは……出来ないよ」
「なんで? 末永くん、潔癖ちゃんのこと好きなんでしょ? 翼からみると、潔癖ちゃんも末永くんのこと好きっていうふうに見えるけど……今日だって、翼のラブレター読まれてから、ミスコンに参加するって言ってたし……」
 翼が言いながら、なぜか一平の元へと近づいてくる。翼はさらに続ける。
「じゃあ末永くんはファーストキスの経験はないのかしら」
「それは……うん」
 一平が肯定すると、翼がさらに、至近距離まで近づいてくる。
 翼が凄く接近してきて、席に背を向けて立ち上がっていた一平は、席に太もも寄りかけ、近づいてくる翼からなんとか逃れようとする。しかし、翼は足を止めない、一平の足に絡みつけるように自分の足を密着させてくる。
「ちょ……城ヶ崎さん!? 何……!?」
「……」
 何も言わない翼。一平の瞳を真っすぐに見つめながら、さらに体を密着させ、右手でそっと、一平の顎に触れる。触れた手で、その顎をゆっくりと持ち上げる。
「え!? ……」
 一平が驚くが、
「……」
 翼は目をゆっくりと閉じる。そして、ゆっくりと一平の顔に自分の顔を近づける。鼻息がかかるくらいの距離まで顔が近づき、その柔らかな唇と唇が
「!?」
 その唇どうしが触れ合った。翼が一平にキスをした。翼が一平のファーストキスを奪った。
「奪っちゃった……」
 そのとき、翼が美樹へと視線を移す。自分の目的は、この瞬間の美樹の表情。いつもクールに冷静を装っていた美樹の顔がどう変化するのか?
 自分の気になる人が、自分以外の他の女とキスしたら、どういうリアクションをするのか?
 その時の美樹の表情は、やはり、少し驚いたかの表情だった。とくに目を大きく開いていて、その光景が確かなものなのかしっかりと見ているような感じだった。
「あ、ごめん……潔癖ちゃん傷ついちゃった? 末永くんもごめんね! ファーストキス奪っちゃって……」
 妖艶な微笑みを浮かべる翼。一平が焦りながら、美樹の方を向いて、
「今のは……」
 と弁解しようと言いかけたところで、翼が、
「っていうのは嘘よっ! 安心して、キスはしてないわっ! フリよフリ! 出会ってたった二日目でラブレター渡して、キスとか早すぎるでしょ!」
 翼が今のキスは未遂だったと言う。
「うん! 触れてはいないよ」
 一平が必死に美樹にキスはしてないことをアピールする。
 口では何とでも言える。美樹の角度から本当に際どいくらい二人の、唇が近づいているように見えたはずだが。キスをしたのか、してないのか。それは二人だけにしかわからないことだった。そして、美樹が言う。
「べつに……わたしにはあまり関係ないから……してようと、してなかろうと……」
 顔をそっぽ向けて、やはりそっけない感じで言う美樹。
 すると翼が、
「じゃ! 翼はもう帰るね! 末永くん! 一応ラブレター受け取って!」
 そう言い、翼が一平に持っていたラブレターを渡す。教室の出入り口まで、歩いていき、振り返り笑顔で一言。
「じゃ! また明日!」
 言って、教室をあとにした。
 残された一平と美樹。再び沈黙が流れ、なにやら気まずそうな雰囲気のなか、美樹が言う。
「じゃ、私たちも、いこっ……」
「う……うん……」
 さっきのキス未遂についてはお互い触れず、荷物をまとめて、教室をでた。
 玄関までたどり着き、靴を履きかえ、校庭を出る二人。
 帰り道の分かれ道まで、二人は歩いた。その道中は二人は一言も話さなかったが、分かれ道にさしかかったところで、一平が、
「俺ギターとりにいかなきゃいけないから、とりあえず着いてきて! すぐ近くだから」
 ここに美樹を置いて待たせる訳にはいかないので、とりあえず、一平の家の近くまで来るように言う。それに応じて、美樹はついてくる。分かれ道から、歩くこと数分で、家に到着。一平は部屋に入り、ケースごとのアコースティックギターを手に取り、持っていく。外で美樹が待っており、一平がギターを持ったまま出てきた。
「ここが末永くんの家なのね……」
 一平は平凡そうなアパートに住んでいた。一平が玄関のドアを開けて出てきたとき、玄関の備え付けの靴を入れる台の上に、写真が飾ってあった。その写真を見て美樹が言う。
「この人誰?」
 写真の方に指をさす美樹。そこには、一人の笑顔で微笑む女の子の姿があった。
「妹だよ……」
「え……!?」
 少し驚いた表情になる美樹。妹の存在を、美樹は知らなかったので、
「末永くん、妹いたんだね……」
「うん……」
「妹さんは、名前はなんて言うの?」
「沙織(さおり)」
 言って、少し悲しげな表情で一平が言う。
「妹さんは、今、何してるの?」
 その質問に、一平は少し言葉をとめてから、
「今は……わからない……もう……5年会ってない……元々沙織と僕とお父さんの三人で暮らしたんだけど、5年前突然、学校から帰ってきて友達の家へ遊びに行くって言い残し、それから行方不明になった。沙織がもしどこかで元気に生きていたら、今頃中学三年生。沙織には会いたいけど、一体どこにいるのか、生きているのか……それがわからない」
「ふーん……」
 可愛げに笑っている妹の写真を手に取り、また、ゆっくりと台の上に写真を置く一平。
 とそこで、一平が外の空を見上げた。外は日がほとんど沈んでしまい、もう暗くなってきていた。
「あれ、もうこんなに暗くなってたか」
 一平が言うと、
「どうする? 美樹ちゃん今日はやめとく?」
 時間帯的にももう遅い時間だった。しかし、もうミスコンは一週間後。とにかく急ぐ必要があった。
 すると美樹が、
「わたしの家に泊まってってもいいよ、そしたらずっと二人で作業進められるから」
 言われて一平が、驚き顔になった。
「いや、悪いよ……泊まるとかは……」
「でも、時間ないよ、別にわたしは嫌じゃないし……」
「手紙の事もあるし、あんまり、美樹ちゃんに関わりすぎるのもやっぱりよくないよ……」
「確かに手紙の内容のこともあるけど、私、今自分の気持ちがよくわからなくなってる……」
 以前の美樹は自分のことが好きだと言った。せめて自分のことだけでも、自分で好いて愛してあげないとって。でも今は、そんな自分の気持ちがよくわからないと言っている。
 美樹がさらに続けて言う。
「このまま、こんな行動続けてもいいのかなって……手紙の効果がでたとき、いったい誰がどうなっちゃうのかなって……末永くんが、もしもいなくなったら私、どういう気持ちになるのかなって……」
 一平がいなくなるというのは、美樹が一平のことを好きになるということだ。そんなことは、おそらくないだろうと一平は思っていたが、美樹のその可能性がある感じの言葉に怖い気持ちも感じたが、やはり少し嬉しい気持ちになった。
「とりあえず、今日は帰ろう! 暗いし、危ないから家まで送ってくよ! 明日から、全力で頑張ろう!」
「わかった……」
 そう言って、一平が美樹の家まで送り届けその日は終わった。

 練習と製作

 6月4日。
 学校の時間が終わり放課後。
 美樹と一平は、学校が終わるなりいち早く美樹の家へと向かっていた。
 一平は、アコースティックギターをいれたケースを持って歩いていた。
 その道中。
「美樹ちゃん、昨日は帰ってから、歌とか、曲とかなんか思いついた? 衣装とかもなんか考えた?」
 一平が聞く。
「全然。考えたけど全くなにも思いつかなかった」
「そっか。僕は、漠然にだけど、こういうのがいいんじゃないかなぁとかっていう歌のジャンルとかは少し考えてた。まだ具体的なものは全然見えてこないけど……」
「そうなんだ」
「まぁ二人で頑張ろう!」
 言って、歩いていると、美樹の住むアパートに着いた。
 美樹のアパートもごくごく平凡そうなアパート。
 玄関口の前まで、二人が来て、美樹がカギを開ける。扉を開ける。
 玄関で靴を脱いで、リビングへ向かう。
 一平がそのリビングを見て、
「お……綺麗な部屋? というか、物が全然ない……」
 美樹のリビングは、綺麗な部屋というよりは、空家に近い最低限の生活用品しか置いていない感じの部屋だった。
「座るのどこでもいいから、適当に座ってて……」
「うん」
「なんか飲む?」
「なんでもいいよ」
「わかったじゃあ、コーヒーね」
 言って、美樹はお湯を沸かし、手なれた手つきでコーヒーを作って持ってくる。
「ありがと」
 リビングの真ん中には、小さなテーブル。そのテーブルにコーヒーを置き、一平は床の座布団に座る。美樹も置いてあった座布団に座る。
「じゃあ、歌のジャンルというかイメージはどうしようか?」
「出来れば歌いやすい曲がいいかな……」
 その後二人は、話し合いを進めた。
 話し合いの結果、バラード系統の歌にすることが決まった。アコースティックギターで弾くのでそっちの方が、味わい深い歌になると思ったし、美樹のイメージにあうと思ったからだ。
「歌詞からじゃあ考えてみるか……どういう風にする? バラードだし、なんか切ない感じにする?」
 一平が言い、話をにつめる。
「自分の経験や、こうしたい、こうしていきたい、こう感じている、こう思ってる、何でもいいからあげてみよう!」
 一平が美樹に言うと、少し考えてから美樹が言う。
「この前も末永くんには、ある程度話したけど、私は、生まれたときから、いつも一人ぼっちだった。物心ついたときから、お母さんはもういなかったし、お父さんは仕事でほとんど家にいなかった。だから家でいつもひとりぼっち。お父さんが夜遅くに帰ってきたとき、ただただ普通の話がしたかった。今日こんなことあったよ。今日こんなことしたよって。でもお父さんは興味もなにもなく、ほとんどわたしの声は届かなかった。それはそう。わたしの本当の親ではないんだから。血のつながりなんてないんだって。わたしのことどうでもいいんだって。そもそも人との繋がりってなんだって。それをすごく感じた。お母さんがもし生きてたら、わたしを愛してくれたのか。きっと愛してくれないだろう。わたしを作って、わたしとお母さんを捨てて逃げて行った、本当のお父さんも、わたしを愛してくれないだろうって。だから、わたしは……」
 と言ったところで、美樹が言葉をとめる。数秒黙って再び自分のことを吐露する。
「わたしは……もっと愛されたい。もっともっと愛されたい。それが成就するのであれば……もしかしたら、消えたっていいって少し最近思えるようになってきたかもしれない。私以外の誰かがわたしを深く愛してほしい……絶対にわたしのことを裏切らない人が、いつまでもわたしのことを見ていて欲しいって。愛に飢えてるのかな? わたし……」
 ここまで自分のことを、美樹が話してくれたことに、一平は驚いた。
 一平も話を聞いて、自分の事語りだした。
「愛に飢えてる……か……僕は、幼少時代に親が離婚しただけだから、子供の頃に親から、ひとしきり愛情は注いでもらったと思う。お母さんもお父さんも。だから、美樹ちゃんの気持ちに共感はすることはできないし、安易な慰めもできないけど、きっと誰かが、美樹ちゃんを愛してくれると思う。それが、僕ではないのが凄く残念だけど……」
「でも私は怖い気持ちもある……誰かに愛され誰かを愛することが……お母さんみたいに突然わたしのもとから消えていってしまったら、わたしはきっと耐えられない……でも、わたしはいま、それを末永くんにしようとしているかもしれない、当初の気持ちと少しだけ、なんか矛盾がでてきてしまっているような……」
 そんな美樹の言葉に、一平が言う。
「その気持ちなら僕もわかるよ。お母さんが離婚していなくなり、とてもお互い仲がよかった妹も突然いなくなった。苦しかったし、辛かったし、言葉に言いあらわせないくらいの喪失感を感じた。失うことの怖さは、失った人間にしかわからない。僕も美樹ちゃんも失う怖さを知ってる。だからもう失いたくないんだって。でも、美樹ちゃんの言う通り、今の僕らの行動って、その思いに結局反したことばかりしてるね……」
「うん……」
 美樹が頷くと一平が、
「今の話をしてて、少し歌詞のフレーズを思いついたから、ちょっと書いてみるね、美樹ちゃんも何か、思いついたら、どんどん遠慮せず、言ってみて! 詩とかをいっぱい書きだして作る感覚で!」
 その後二人は、自分達の経験や思いの丈を歌詞に綴った。
 そして。
「よし! 歌詞はできた! けっこういい仕上がりだと思う! あとは、口ずさんでみながら、音程とって、ギターで曲つければ完成だ!」
 ギターか手にとり、弾き始める一平。
 だけど一平はあまりギターが上手くない。
 たどたどしく、少しずつだが、曲はなんとか決まっていく。 
 そして、2時間近くかけなんとか曲が完成した。
「よし! できたー!」
 完成した喜びに思わず、一平は大きく叫んだ。
「結構僕本位に作っちゃったけど、ちょっと最初はアカペラで歌ってみるね!」
 そう言い一平は、自作の曲を歌いだした。

 傷ついたハートを癒すのは
 あいた心を塞ぐ君の愛
 素直になれなくて
 遠ざかる思いの距離
 都合のいい光だけに
 私は目を向けた
 自分を変えるキッカケは
 待つんじゃなくて
 かすかな勇気だよ
 愛をください、愛をください
 わたしに愛をください
 知りたいのは愛だけでなく、あなた
 閉ざされた心が今
 開いたねありがとう!

「どうかな?」
「いいと思う」
 美樹が答えた。
「わたしの境遇や、願いが込められてる、いい曲だと思う……」
「二人で考えて、作った甲斐があったね!」
 一平が言うと、美樹が頷く。
「うん!」
 その頷いた表情が、微かにだが、嬉しそうに微笑んでいるように見えた一平は、
「え……!? そんな顔もできるんだね……ちょっと驚いた」
「そんな顔って?」
 わからないという表情に変わる美樹。元々美樹の表情は、ほとんど普段変わることがないし、その表情からはどんなことを考えているか読みとれない。でも今は、表情から喜んでいるのが、少しだがわかった。
「美樹ちゃんって、普段喜怒哀楽をあんまり出さないからさ、今その一つが少し見えたから、僕はちょっと嬉しかったよ」
「ふーん……わたしの感情が見えたら、末永くん嬉しいんだ」
「嬉しいよ……」
 美樹の目を見て、言う一平。
 その見つめてくる瞳に、美樹も見つめ返す。
 そとは夕陽が出ている時間帯ではあったが、その夕陽は窓のカーテンに遮られていた。 カーテンの隙間からさす微かな日の光が、二人の間を赤くさした。
「なんか、今日楽しいね……」
 そんなことを言う美樹。
「確かに、普段、人の家行って歌とか作らないからね」
「末永くんと一緒に作ったから、楽しかったんだよ」
「そう? ありがとう」
 もう幻怪病のことや第二の手紙のことは、一旦頭になかった。ただただこの楽しいひと時を二人は楽しんでいた。
「歌は課題曲、自由曲はあとで練習するとして、次は、自己PRの衣装だね! 衣装は……ちょっとどうやって決めたらいいか……絵とか描いてまずイメージをつくっちゃう?」
「わたし、絵は描けるよ……」
 そう言って、美樹がペンを走らせた。実に軽やかに、手なれた手つきで、服の絵を描いた。ものの数分だった。
「こういうのはどう?」
 絵を見せてくる美樹。
「え!? うまい!」
 驚きの声をあげる一平。
「美樹ちゃんこんな才能があったの?」
「絵は暇な時どこでも一人で描けるからね。歌は場所を選ばないと歌えないけど、絵は授業中に良く描いてた」
「そうなんだ……」
 美樹の知られざる才能に、一平は、言う。
「凄い上手だよ! ってかもうこの絵の服を作ろうよ! 僕はこの絵が、すごくいいと思う!」
「じゃあ、この絵で決まりね」
 その絵は大人をイメージさせる、首元にリボンがついた、黒のワンピースのパーティドレスのような服の絵だった。
「じゃあ、僕は曲のレコーディングの練習を頑張るから、美樹ちゃんは時折歌を練習しながら、服を作ろう! 今日はここまでかな」
「うん。わたしもちょっと服の素材生地を買ってくる」
 そして、その後、一平は家に帰り、遅い時間になるまで家で練習。美樹は素材の生地を店で購入し、家に戻った。
 そして、6月4日は終わった。

 6月5日。
 学校の終わったあとの放課後。
 とあるカラオケボックスで。
 城ヶ崎翼は一人でカラオケを歌っていた。
 カラオケに来ていた、目的は、今度のミスコンの課題曲である『恋愛探査機』というJ-POPの歌の練習をするためだった。恋愛探査機という曲は、明るいノリとテンポのいい曲でいかに、リズムを上手くとり、難しい高音の部分を上手に歌えるかというところがポイントであった。
 何度も何度も課題曲をかけ、歌の練習をする。その都度機械での得点が表示され、
「うん、これなら大丈夫! 絶対潔癖ちゃんに勝てる!」
 そんなことを呟く。
 その後もカラオケのスクリーンに映し出されるCM画面を見て、一人呟く。
「わたしが、この学園のナンバーワンになるんだから! まぁ何でも、聞く噂によると、自由曲は自分らが勝手に作った曲で、自己PRは自作の服を着るとかってきいたけど。でも、無駄なことね……そんな努力も……」
 不敵な笑みを浮かべる翼。何か大きな秘策があるのか、勝算があるといった表情になる。そこで、翼がテーブルの上のジュースを飲んでから、部屋を出て、トイレへと向かう。翼が通路を歩く、通路の角を曲がろうとしたとき、
「!」
 何かにぶつかった。男性だ。ぶつかった男性は、ぶつかった拍子で、バランスを崩し、その男性が、翼の豊満な胸に顔をうずめる。
「いやんっ!」
 翼が顔を赤らめ、いやらしい声をあげる。男性は、態勢を立て直し、翼の方を見て、言ってくる。
「大丈夫ですか!? って!? え!? 城ヶ崎さん!?」
 男性は、翼の事を知っていた。
 ぎざぎざ頭の黒髪に、少し長めのモミアゲがトレードマーク。
「末永くんっ!」
 ぶつかった相手は、一平だった。
「ごめんなさい、ぶつかっちゃって」
「末永くん翼のこの豊満なおっぱいに顔を埋めてくるなんて……ス・ケ・べ!」
「本当ごめんなさい!」
 必死に謝る一平。
「まぁいいわ、ところで、一人で来たの?」
「いや、美樹ちゃんと来た。課題曲練習しに」
「そうなんだ。どう? 潔癖ちゃんの調子は?」
 翼は聞いてくるが、一平が渋い表情になって、
「うーん、ちょっと厳しいかな……」
「わたしは、絶好調よ! 末永くん、翼がナンバーワンに絶対なるから、そのときは、あの約束覚えてるわよね!?」
「それ、承諾した覚えはないんだけどなぁ……」
 一平が頭をかきながら、小声で言う。
「まぁ、とにかく、そっちはそっちでせいぜい頑張るのね」
 言って、翼はトイレへと向かって行った。
 一平は部屋へ戻り、部屋には美樹が椅子に座っていた。美樹が言う。
「おかえり」
「ただいま。さっき城ヶ崎さんがいた、あっちは課題曲絶好調だって」
「そう……」
「じゃ! 練習再開しよっか!」
 一平が言って、恋愛探査機の曲をかける。美樹がマイクを手に取る。やはり手にはゴム手袋を着用していて、歌い始める。
「~~~~♪~~~~♪」
 伴奏が流れ始める。
 美樹は、歌う。
「恋に~恋♪ しちゃ~あ~ったよ♪」
 やはり、苦い顔になる一平。正直言いづらい表現だが、一平が感じていた美樹の歌声は、世間一般的に、『音痴』というやつのようだ。機械が音程を正確に測定し、点数をつけるので、この美樹のはずれた音程では、高い点数は出ないと一平はわかっていた。
「君の~♪ 瞳を~♪ ずっと見ていたい~♪」
 歌が終わる。
 点数がスクリーン画面に表示される。
『45点』
「末永くん。これって、点数的にどうなの?」
 きかれ、困惑するが、
「うーん高い点数ではないかもしれないけど、赤点ではないから、そんなに低くもないと思うっ!」
 気を使って、そんなことを言うが、もっと厳しく練習しないと、この点数では、おそらく勝負にならない、と一平は思った。
(どうしたらいいんだ……)
「!」
 とそこで、一平があらたな戦略を思いつく。
 この曲は正直、美樹の声質にとっては、歌いずらい。機械得点では高い点数を目指すのは困難である。でも、課題曲は機械得点と会場得点がある。
(だったら……)
「美樹ちゃん! 悪いけど、もっと音痴に、わざと下手な感じで歌っていいよ! 音程とか機械の点数とか全然気にしなくていいから」
「え!? どうして!?」
「いいから、やってみて!」
 言われ、その後も一平と美樹の特訓は続いた。
 
 2020年6月7日日曜日。
 ミスコンの前日。
 今日は、日曜の休日。
 昨日の土曜日も休日で、一平はレコーディングの練習、美樹は歌の練習と服の製作を一日中取り組んでいた。
 一平のレコーディングは難航を極めていた。
 ギターも元々それほど上手ではなかったし、中学1年生の頃にギターを買い、それから三年間暇な時少し手にとって、ギターを嗜む程度だった。
 本来ならもう、土曜日までにレコーディングをすませ、本番さながらで、自由曲を練習させたかったのだが、前日の今日になっても、いまだにレコーディングが済んでいない。レコーディングを開始しても、最後までミスなく、弾ききることが出来なかったのである。
 そして、今日も、
「くっそっ! また失敗だ……」
 一平が言う。悔しい表情で、録音を止める。
「あーあ、上手くいかねぇ……っていうか、左指痛ぇ……」
 ギターの弦を抑える左の指が、やはり痛いようだ。ギターの演奏になれていない初心者の一平はやはり、こうしてすぐ指を痛めてしまう。
 裁縫で服を作製していた、美樹が手を止め、言う。こちらの服はもう完成目前のようだ。今日中には完成しそうな様子だった。
「少し、休んだら?」
 美樹が一平を気遣って言うが、
「いや……もう時間がないし、今日中に終わらなかったら、もう間に合わない。美樹ちゃんには、今日まで、自由曲はずっとアカペラで練習させちゃってるの、本当に申し訳ない……」
「べつに、本番アカペラでも大丈夫だよ」
「それは、だめだよ……しっかりCD音源流さないと……だから、もうちょっと頑張ってみる……」
「そっか……」
 言って、一平はレコーディングを再開する。途中のまで、上手くいったり、出だしですぐ躓いたり、それをずっと繰り返し。
「だめだ……もう今日中には間に合わないかも……」
 午後8時。外はもうすっかり暗くなっていた。
 一平はそろそろ帰らないと、まずいと思っていたが、
「レコーディング上手くいくまで、やってていいよ。別に泊まっていってもいいし……それに、少し失敗してもかまわないし……」
 美樹のその言葉に、一平は悩みながら、
「うーん……本当に今日中に出来るか分かんないしなぁ……本当の本当の本当に申し訳ないけど、今日中に出来なかったら、ちょっと日付跨いじゃうかもしれない……でも、上手く行って完成したらすぐ帰るから……」
 一平が、言うが、
「わかった。日付跨ぐぐらいになっちゃったら、ここで寝てってもいいからね」
 美樹が言う。
「いや、それは悪いよ。寝るわけにはいかないよ、まぁ、とりあえず、日付跨ぐ前に頑張る!」
 言って、再びレコーディングを開始する。
 ギターを弾く、上手くいかない。
 指が痛い。
 やり直し。 
 出だしで躓く。
 やり直し。
 中盤で失敗し躓く。
 やり直し。
 何度も、何度も、繰り返し演奏するが、なかなか最後まで、うまくいかない。
 一時間。
 二時間。
 三時間。
 刻一刻と時間は過ぎていく。
 時計の針は23時。
「やっぱり駄目だ……こころ折れそう……」
 何度も引こうとするが、指が上手く動かない。どこかでミスをしてしまう。美樹のためにと思って頑張って弾こうとするが、全然上手くいかない。
「やっぱり……おれ……駄目なのかな……このままだと、美樹ちゃんに迷惑かけちゃう……自由曲は……やっぱり……」
 今から、曲を変えるという選択肢もあった。
 それが頭をよぎった。
 すると美樹が、
「今からでも、音源ある他の自由曲にする?」
 美樹が一平のことを気遣って、聞いてくるが、一平はこれではだめだと、首を横に振りながら、
「せっかく美樹ちゃんと二人で作った曲なんだ。なんとか頑張る……その前に、ちょっと、外の空気吸ってくる……」
「うん……わかった……」
 言って、一平は玄関で靴を履き、外へと出る。
 外の空気を吸った。
 外は、もう真っ暗で、月がくっきりと見えた。
「くっそぉ……どうして、うまくいかないんだ……どうしてなんだよ……」
 一平は自分を責めた。一生懸命自分はやっている。でも、指がうまく動かない。痛みもあるし、弾けば弾くほど、逆に下手になっているんではないかとも思う。じっと自分の手を見る。その左手の指を。弦を抑える指だ。その指は少し赤くなっていて、堅くなりはじめていた。自分のやってきた努力の痛み。
「結局どれだけ頑張っても、上手くいかない……もう……でも……」
 そう言って、折れそうになった気持ちをなんとか、持ちこたえようとする。
 ミスコンで翼の優勝を阻まないととか。もし翼が優勝したら、付き合わないといけないとか。そんなことがかかっていることなどは、今は頭になかった。手紙の事も。とにかく、自分が戦っている演奏。それを頑張って、決着をつけないといけない。
「だれか……俺に……」
 そう言いかけたところで、急に耳鳴りがした。
 幻怪病のとき聞こえる耳鳴りだ。
 その耳鳴りが、どんどん大きくなっていく
「痛!」
 苦悶の表情になる。
 すると、すっと耳鳴りがやみ今度は、声が聞こえる。
 しかし、それはこの前聞いた甲高い子供の声ではなく。
 女の子の声。
 その声が一平に話しかけてくる。
「大丈夫?」
 その声は、聞き覚えある声だった。
 可愛い聞き覚えある声。
 これは、懐かしいあの声だ。
「え……沙織?」
「お兄ちゃん……」
 5年前行方不明になった、沙織の声だった。その声が聞こえる方に目をやると、そこにはうっすらとだが、沙織の姿が見えた。しかし、足元がよく見えない。人間としての実体がそこにあるようには見えないし、やはり虚像なのか、幻覚なのか、一平はその姿を半信半疑で凝視した。
「沙織……沙織なのか? どこにいたんだ? なにしてたんだ?」
「お兄ちゃん……ずっと見てたよ……頑張ってるんだね。あの子のために……」
「それは……」
 そのことも重要だったが、一平は五年ぶりに目にした、沙織の姿に、驚きと震えが止まらなかった。
「お兄ちゃん……いつも優しいね。なんだかんだ、言ってあの子のために、頑張ってるんだから……わたしはもう、お兄ちゃんには会えないけど……お兄ちゃんこっちの世界で、諦めないで頑張ってね……」
 沙織が悲しい表情で言う。
「沙織もう会えないってどういうことだよ。今どこにいるんだ。今どこでなにしてるんだ」
「わたしのことは、もういいの、お兄ちゃん。今は、自分のことを一生懸命頑張って。あと、力いれすぎるのもよくないよ。確かに、もう時間残りわずかだけど、もうちょっと、肩の力抜いて、やってみたら?」
 沙織がそんなアドバイスをしてくる。
「あ……ああ……」
 そう一平が、困惑気味に返事をすると、
「じゃ、お兄ちゃん。また、いつ会えるかわからないけど、わたし……待ってるね! 頑張って!」
 そう笑顔で言いながら、沙織は、すぅーっとその場から姿を消した。

 一平は、部屋に戻った。
 美樹が一生懸命に服作りの作業をしている。
「よし、もういっちょ頑張ってみます!」
 さきほどの沙織の幻覚のことは言わず、美樹に言う。
 ギターを手に取る。
 ふーっと、息を吸い深呼吸。
 録音のボタンを押した。
 さっきのまでの演奏とは違い、今度は気負いしすぎることなく、演奏を始めた。
 肩の力を抜いて、軽やかに動く指さき。
 音と音との旋律を危なげなく、指さきで紡いでいく。
 その演奏に、美樹は圧倒される。
 さっきとまでとは違う。
 曲そのものを自分で感じながら、それを上手くギターで体現している。
 演奏が中盤を終え、終盤に。
 最後の終盤も、ミスなくこなし。
 ノーミスで、演奏終了。
 その場で、喜びの声をあげそうになるが、それはぐっとこらえ、録音停止ボタンを押す。
 そして、無事レコーディングが完了する。
「やったああああああああああああ、出来た!!!!!」
 思わず、喜びの声をあげる一平。
 それに、美樹も、
「わたしも出来た!」
 嬉しそうな声色で、それもちょっと嬉しそうな表情が見える美樹。
 服もどうやら完成したようだ。
「けっこう時間かかったけど、頑張ったね! 僕達」
 時計の針は、もう24時を回っていた。
「ちょっと、今、試しに着てみてよ」
「うん」
 一平が言うと、美樹がその場でいきなり、服を脱ごうとし始める。 
「ちょっちょっと、どこか、見えないところで着替えるとかしなよ」
「あ……」
「まぁ、俺が、あっち向いてるわ」
 言って、一平が美樹の方を向かないで、目をつぶる。
 何秒かたって。
「着替えたよ」
 美樹がいい、振り返る。
「お……可愛い……」
 一平は、驚きの声以上に、その可愛らしさになかなか言葉でない。
 絵に描いていたイメージ通り、可愛らしいそれでいて、大人の雰囲気を感じさせる黒のワンピース姿。
「いいね……似合ってるよ」
 一平の言葉に美樹が、
「ありがとう」
 少し、明るめの声色で答える。
「本当美樹ちゃん雰囲気変わったよね。服装だけじゃなく、なんか表情もそうだし、前よりすごく明るくなったというか……うん、いい方向に進んでると思う」
 一平が会った当初の美樹は、もっと、暗かったし、まず表情がほとんどなかった。今は、少し顔にも表情の変化が見える。嬉しい顔。楽しい顔。その一つ一つの表情を見るのが一平にとって、新鮮で嬉しい気持ちにさせた。
「末永くんのおかげだと、思う」
「そうでも、ないよ。美樹ちゃん自身が美樹ちゃん自身で、変わろうとしたからだよ」
 言って、日付が跨いだので、美樹がカレンダーを捲り破り、そのカレンダー6月8日を見て、一平が言う。
「いよいよ、今日だね。あと数時間後、結果はどうなるかわからないけど、頑張ってね!」
 とそこで、一平は時計の針を見る。
「もう、こんな時間になっちゃった……今日は、もう遅いから、帰るね!」
「ちょっと、休んでから帰りなよ、そこに座って、疲れてるでしょ」
「まぁ、ちょっとだけ休んだら帰るわ」
 言って、一平が座布団に座る。
 美樹も、その場の座布団に座る。
「美樹ちゃん、このままいくと、僕達、どうなっちゃうんだろうね……」
 一平がきりだす。
「手紙の事?」
「うん……全然最近そういうことも考えずに、行動してたけど、このミスコンが終わったら、美樹ちゃんに距離置かないといけないと思う。さすがに近づきすぎというか、このままじゃあ、やっぱり良くないと思う」
 その言葉に、少し悲しげな表情で美樹が返す。
「わたしの思いは……」
 といいかけたところで、言葉を止める。
 言いかけたところで、一平が、
「思いは……?」
 興味があり気な顔で一平が聞いてくる。
「末永くんの事好きになって、末永くんに死んでもらうって、確かに言ったけど、今の正直な自分の気持ち……末永くんが好きかどうかまでは、わからないけど、なんだか、末永くんには死んでもらいたくない……ってやっぱり思うかな」
 美樹がそんなことを言う。
 当初の気持ちとは、違うこころの変化である。
「美樹ちゃんは、死んだら駄目だよ」
「末永くんも、死んでほしくない」
 お互いそんなことを言う。
 目を見つめあって、自分達の気持ちを言う。
 すると、突然一平がそうだとおもいついた表情で、
「そういえば、美樹ちゃん。自己PRって何するの?」
「それは……」
 と言いかけたところで、言葉を止め、
「内緒!」
 ここもやはり、少し微笑みかげんで言う美樹。
「そっか……内緒か……楽しみにしてるね!」
「うん」
 美樹が返事をすると、そこで、会話はとまった。
 沈黙が流れる。
 もう夜の1時前の時間。
 体力はけっこう疲れており、一平は気がつくと、眠りについてしまっていた。
 さきに寝てしまった、一平を美樹がその寝顔をじーっと眺めて、
「かわいい寝顔してるね……」
 そんなことを、小さな声で呟く。
 そして、ついついその可愛い寝顔を、部屋にあった白い紙に、描き写しだす。
 鉛筆を走らせる美樹。
 美樹はやはり、絵は上手い。
 歌は、下手かもしれないが、絵はすごく上手である。
「出来た……可愛い」
 なんてことを言いながら、仕上がった紙を見て、嬉しい表情になる美樹。
「あ、そうだ……」
 言って、美樹は、台所までむかった。
 その後、美樹がなにやら、台所で作業し、作業が終わるなり、再びリビングへ戻り、なにやらメモ書きを残し、美樹も眠りについた。
 時間が流れる。
 朝。
 外の小鳥の鳴き声や、カーテンの隙間から差し込む光。
 そんななか、一平が目を覚ました。
「げ……! 寝てた! やっば! 美樹ちゃんの家で寝ちゃった……ってかいま何時?」
 言いながら、時計の針を見る。
 午前6時30分。
「遅刻する時間では、ないか……ん!?」
 一平は、目の前のテーブルの上にあった、メモ書きと、絵に気づいた。
 絵には、自分の寝顔が描かれていて、それを見て一平は、
「これ、いつ描いたんだろう……美樹ちゃんやっぱ絵うまいなぁ……僕こんな表情で寝てたんだ……ん!?」
 言って、メモ書きを手に取る。
 メモ書きはこう書かれていた。
「昨日は、いろいろ頑張ってくれてありがとう。朝ごはん作ってあるから、台所に置いてある。温めて食べて」
 それを、読んで台所へ向かった。
 台所のテーブルの上には、ラップがかけられた、お皿があった。
 そのお皿の中を覗くと、
「カレーライス! 美味しそう!」
 テンションが上がる一平。
 その後、カレーライスを温め、食べてみると……
「美味しい! ありがとね……美樹ちゃん……」
 言って、リビングの方で寝ている美樹に視線をやり、その寝顔に、
「美樹ちゃんの寝顔可愛いなぁ……今日は、頑張れ!」
 そんなことを小さく呟いた。

 ミスコン2020年
 
 6月8日。
 ミスコン当日。
 学校の集会所。
 多くの全校生徒が集まる中。
 ついにミスコンが始まろうとしていた。
 ざっと、500人くらいいるだろうか。
 1クラスだいたい40人。
 各学年4クラス。
 1年2組の一平と坪内は、客席で。
 美樹と翼の出場者は、舞台裏の控室にいた。
 一平が、坪内に言う。
「なぁ坪内。朝言ってた作戦で本当にいいのか?」
「うん! いいはず! 絶対うまくいく! 俺は、お前の親友だからお前が応援する美樹を応援する!」
「作戦うまくいくといいが……」
 坪内が朝提案した作戦が二つあった。
 それは、今はまだわからないが、とにかく、坪内には自信があった。
「絶対うまくいくから見てろって!」
 言いながら、ミスコン開始の時間を待った。
 集会所は、客席の生徒達の賑やか喧騒でやはり活気があった。
 年に一度の学園の美女を決めるコンテスト。
 生徒達のテンションがあがるのも無理はないだろう。
 すると、司会のこれまた、元気で明るい可愛女の子が、マイクを持ちながら、舞台に登場する。
「はーい! みなさま! おはようございまーす! わたくし、司会を務めさせていただく、2年4組の舞でーす! 今日はよろしくおねがいしまーす!」
 なんてことを言いながら、客席の男子生徒が、
「司会の子可愛いぃー!」
「司会の子優勝じゃね!?」
「舞ちゃんー! 司会頑張ってねー!」
 なんて黄色い言葉が聞こえる。
 司会の舞が続ける。
「えっと、今回のミスコンのルールを説明する前に! まず、出場者! 今回の出場者は、各クラス代表最低1人以上参加していただいており、25名も出場者が集まっていまーす! ありがとうございます!」
 一平が呟く。
「25名かぁ……厳しい戦いになりそうだな……」
 坪内が頷きながら言う。
「そうだね……翼は優勝候補だと思うけど、他のクラスの子もいるからなぁ……」
 司会の舞がルール説明に入る。
「えーでは、ルールを説明します。ルールは簡単! 最終的に合計得点が高かった人が優勝! 最初に、課題曲を歌ってもらい、機械で測定した機械得点と、会場で集計した会場得点をだします。得点は、舞台の上部に設置してある得点ボードに得点が表示されます」 司会の舞が言うと、その舞台の上部に設置してある得点ボードに手をさした。
「会場得点は、その都度お手元のボタンスイッチを押してもらい、その得票率で得点が表示されます! すなわち、得票率が80パーの場合80点! と表示され、90パーのとき90点! 全員がスイッチを押す満場一致の場合100点! と表示されます!」
 言われ、生徒たちが、自分の手元にあるスイッチを見る。
「こんなもんいつ誰が、作ったんだ、あの得点ボードと……」
 一平が言うと、坪内が、
「なんか毎年使ってる機材らしいよ。数年前には出来た機材だって聞いたよ」
 言って、二人はボタンスイッチを見る。
 ボタンはシンプルな作りの赤いスイッチ。
 それを押すだけで、得点に反映されるらしい。
 司会の舞が続ける。
「そして進行の流れは、エントリーナンバー1から、エントリーナンバー25まで、一人ずつ、課題曲を歌って、課題曲の機械得点、会場得点を出し、その後、自由曲の会場得点、最後に自己PRの会場得点を出し、優勝者を決める! と言った流れになっております! 自己PRは、それぞれ自由なことをやってもらいますので、楽しみですね!」
 言って、男子生徒達が、
「楽しみぃー!」
「うちのクラスの代表が優勝やー!」
「うわー興奮してきたー!」
 なんて賑やかな声があがる。
 司会の舞が言う。
「それでは、そろそろ、お待たせしました!」
 言うと、集会所の会場が暗転。証明が落ち、暗くなる。
「では、出場者の入場です!」
 大きな声で、舞が言うと、入場者に証明のスポットが当たる。
「エントリーナンバー1番! 自称優勝候補! 流離の転校生美女! ナンバーワンは翼がなる! さぁこのミスコン2020にその翼で大きくはばたけ! 1年2組城ヶ崎翼さーーーーーん!」
 言って、舞台の袖から、翼が入場する。舞台の上を自信満々に歩いて、止まりモデルばりのポーズを決める。颯爽としたそのいでたち、たたずまいに、会場の皆が圧倒される。
 指定制服を着て、金髪の長いしなやかな髪。華奢で美しいボディライン。魅惑的な彼女の表情は、まさに絶世の美女の他ならない。普段から、美しい彼女だが、彼女はこの日のために、相当な研究と努力で、より自分を美しく見せるメイクを施してきた。まさに、それは神のような美しさだった。
 会場中が唖然とする。
 その美しさに。
 思わず言葉を失う。
「………………」
 数秒の静けさから、それを生徒達の声が打ち破る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! こんな子うちの学園にいたっけ?????????????」
「一年だろ? 転校生って言ってたから、まだ知られてないんじゃないの?」
「この子も優勝ーーーーーーーーーーーーー!」
 なんて叫ぶ男子生徒。
 一平が言う。
「城ヶ崎さん、トップバッターだったの?」
 坪内が答える。
「そうだよ。抽選でトップバッターに決まったみたい」
「美樹ちゃんは何番?」
「トリ! 25番! 最後だよ」
「ふぅーん……」
 舞台で、ポーズを決め、決まったという表情になる翼。
(この客席反応……翼がもうナンバーワン確定ね……)
「では、つづいての入場者……」
 言って、司会の舞が、その後も各クラスの入場者を発表する。やはり、可愛い子がいっぱい揃っている。どの子も、魅力があり、煌びやかな子がたくさん出場しているようだ。男子生徒達も入場者に次々と黄色い声援を送る。
 そして。
 最後の入場者。
 美樹の番。
「では、最後の入場者! エントリーナンバー25番! 冴えないわたしでも、頑張ります! 赤い眼鏡と赤いスカーフ! ちょっと地味めな女の子! 池田美樹さーーーーーーん!」
 美樹が舞台袖から、姿を現し、登場する。
「すると……あれ……」
 男子生徒からの、目を疑うかのリアクション。
「唯一の眼鏡っ子だー!」 
「でも顔立ちは綺麗だけど、眼鏡がもったいないなぁー……」
「もっと自分主張しようよぉ! 眼鏡なんか地味だぞー!」
 なんて男子生徒の声。
 そう。
 指定の制服で、美樹はいつもどおりの地味モードで登場したようだ。いつもよりは、化粧で、多少顔立ちの良さはわかるようにはしてあるが、しかし、赤い眼鏡と赤いスカーフ姿でやはり、少し自分を抑えた感じであった。
 それを見て、一平が言う。
「これが、坪内の作戦その1ね……本当に大丈夫かよ!」
「大丈夫さ! 見ろ! 目立ってるだろ! まず眼鏡してる子なんて他にいないだろ! ここで一気に注目されてるじゃん!」
「そうかなぁ……でも、ミスコンってナンバーワンの美女を決める大会だろ! 大丈夫か本当に?」
「美人がただ優勝する大会ではないらしい。自分の売り込み方魅せ方が重要って聞いたよ」
「そっか……」
 言って、一平は疑問をいだきつつ相槌をうつ。
 翼も美樹を見て驚きの表情になる。
(確かにその格好で出ろって勧めたけど……この子勝つ気ないのかしら?)
 そして、入場者が全員ステージで横並びで集まり、司会の舞が、
「それでは、出場者に集まっていただいたところで、一言ずつ意気込みを聞いていきましょう!」
 ステージ一番左に並んでいた翼にマイクを渡す!
 翼が言う。
「今日のために、いろいろ頑張ってやってきました! 負けるつもりはありません! とくにナンバー25番の子には負けません!」
 なんてことを言う。
 翼がもろに美樹をライバル視する。
 言って、翼は隣の出場者にマイクを渡す。
 次々と、一言すつ意気込みを言う出場者。
 そして最後。
 美樹の番。
 美樹はマイクを受け取る前に、やはり、ポケットにあったゴム手袋をとりだし右手だけ装着。マイクを手に持つと、会場の生徒達が、
「なんだぁ? ゴム手袋?」
「なんで!? なんで!?」
「え!? 潔癖症なの?」
 一年二組以外の生徒は、美樹が潔癖症であることはわからない。
 が、それについては、なにも触れずに美樹が言う。
「絶対優勝……出来るかどうかわかりませんが……応援してくれる人、くれた人のため頑張ります……」
 会場にいる一平の方を見ながら、少々小さめな声で、美樹が言う。
「頑張ってぇ!」
「眼鏡ちゃん眼鏡はずしてよ!」
「俺は眼鏡好きだぞぉ! 応援するぞー!」
 という男子生徒の声。
 司会の舞が、
「それでは、会場も盛り上がってきたところで、最初のイベントに参りましょう! 課題曲の熱唱タイーッム! エントリーナンバー1番! 城ヶ崎翼さん! 前へどうぞ! その他の人は一旦舞台袖で控えていてください」
 言って、翼以外のメンバー舞台袖へと戻る。
 翼がマイクを持ち、前へ出る。
 自信満々そうな表情。
 曲が流れる。伴奏が流れ始め、
 司会の舞が、
「それでは歌ってもらいましょう! 課題曲! 恋愛探査機どうぞ!」
 言って、歌が始まる。
 歌の出だしでもう、それは衝撃的だった。
 圧倒的な声量。
 キレのある歌唱力と、技術あるビブラート。
 この日のために何度も何度も練習に練習を重ねてきた。
 その成果は明らかだった。
「うまぁ……文句なしにうまい……」
 男子生徒の感動の声。
 機械点もかなりいきそうである。音程、テンポ、リズム、そのすべてが完璧だった。
「この子優勝じゃね!?」
 男子生徒が言う。
 それに一平が、
「城ヶ崎さん……めちゃめちゃうまい……」
 坪内が、
「これ……やべぇな……どうする……一平想像以上だったわ」
 なんてこと言い、驚きの表情。
 翼は、最後のフレーズをおもいっきり、歌いこなし、歌が終わる。
 終わるなり、そっこうで拍手が沸き起こる。
「うおーーーーーーーーー!!!! すげーーーーーー! うまい!」
「優勝候補や!」
「すごい! トップバッターでこれやばくね!」
 男子生徒の声。
 司会の舞が言う。
「はい! 城ヶ崎翼さんありがとうございます! 上手でしたね! それでは、まず集計いたしましょう! 今の熱唱! よかった! っていう方! ご遠慮なくスイッチ押してください! どうぞ!」
 言われ、次々スイッチを押す会場の生徒達。
 それを翼が見渡す。
 ほとんどの生徒たちがスイッチを押す姿。
 カチっとスイッチを押す音。
 次々と得票がなされる。今回のこの得票は、贔屓票をなくすため、出場者の属するクラスは投票出来ない仕組みになっている。一年二組は今は投票出来ない。そして、得票が終わる。
「それでは、得票が終わりました! 点数を見てみましょう! まずは、機械得点! 機械が測定し、出した得点はこちらです! どうぞ!」
 舞台上部の得点ボードに得点が表示される。
 数字が瞬時ランダムにバラバラに見え、そして、表示される!
「98点」
 得点ボードには、98点という得点が表示された。
「いきなり出たあああああああああ!!!! 機械得点98点!!!!! これは、もう、ほんとうにほんとうに凄い得点です!!!! 言うなれば初回先頭打者ホームランといったところでしょうか!?」
 司会の舞が大きな声で、驚きながら言う。
 その得点を見た、生徒達が、
「すげー! たっか!」
「やるねー!!!! ナンバーワンの子!!!!」
「凄い! 凄い!」
 沸き立つ生徒達。
 これに、坪内が、
「なぁ一平。美樹ちゃんの歌の練習は上手くいってたのか?」
「う……課題曲はかなり厳しい。とくに機械の得点はかなりやばい……自由曲は歌いやすく作った曲だからなんとかなりそうだけど……さすがに、この得点は……」
 苦しい表情で答える一平。
 司会の舞が続いて言う。
「では、会場得点がこちらです! 表示どうぞ!」
 今度は会場の得点が表示される。
 得点ボードにみんなの注目が集まる。
 表示。
「90点」
「これも! これも! すごい! 得点がでました! 現在暫定1位!!! 1位ですよ!!! すごい得点!!! どうですか? 城ヶ崎翼さん?」
 すると、司会の舞が、マイクを翼に向け手ごたえきいてくる。
「練習では、100点とか、99点とか出したことあるんでぇ……驚きはしないんですけど……まぁ、うまくいった方なので良かったです! 現在ナンバーワン! 嬉しいです!」
 まだトップバッターなので、暫定一位は当たり前なのだが、イベントは続く。
「では、続いて参りましょう! エントリーナンバー2番……」
 言って、翼は袖へ帰っていく。
 2番の人が入場し、また課題曲のが始まる。
 2番は機械得点77点、会場得点73点だった。
 その後も出場者の課題曲が順に続く。
 3番は、80点、82点。
 4番、66点、70点。
 5番、81点、78点。
 やはり、翼の98点、90点の合計188点には、遠く及ばない。
 6番、75点、79点。
 7番、72点、73点。
 次々と、イベントは進行していくが、90点台はでないし、翼の188点という得点に迫る得点はなかなかでない。
 その後も8~24番まで、歌は終わり、開始して1時間半くらい。
 ようやく、美樹の出番がきた。
 結局機械得点も、会場得点も、90点台を記録したのは、翼だけだった。
「なんかちょっと疲れてきたよねぇ。歌うまい子は多いけど、なんか普通というか、みんな似たものどうしというか……もっと変わった子出てこないかなぁ……」
「わかるぅ! 確かに! まぁ最初の1番の子が上手すぎたから、最初の子超えるのはもう難しいもんなぁ」
「トップバッター優勝って、なんか出落ち感あるミスコンだなぁ……」
 先頭の翼以外なぜか、もうあまり面白くないと言った、男子生徒の声。
 美樹は、マイクを握り、やはりゴム手袋姿。
 それに、男子生徒が、
「あ、そうそうこの子この子! 眼鏡ゴム手袋ちゃん! どんな風に歌うんだろう!」
「これは、ある意味楽しみぃー!」
 伴奏が始まった。
 そして、美樹が歌い始めた。
 最初の一声に。
 皆は、すぐに。
 爆笑したのである。
 言うなれば音痴。とにかく音痴。練習どおり、いや、練習の時以上に音痴な歌い方。
 音は外れているし、声もなんだが、ぎこちない。
 坪内が言う。
「おい! 一平! ちゃんと練習したのかよ! 下手くそすぎるぞ!」
「練習したよ! これが精一杯だったよ」
「終わったな……優勝翼さんだわ……」
「待て! 周りの反応を良く見てみろ!」
 周りのリアクションは面白い、といったリアクション。
「うおー! すごい音痴~! でも面白い!」
「これは……笑うしかないね!」
「でも、なんかこの音痴な感じなんか可愛くね?」
 男子生徒達がそう言う。この音痴な感じが、逆に、可愛い感じで聞こえ、みんなが可愛いってそんな空気感になってしまった。
 それを舞台袖で聴いていた翼が。
(え!? ちょっと待って! この子下手すぎじゃない? みんなの笑い声も聞こえるし、めちゃくちゃ下手くそでもう笑われてるじゃん! これはもう翼のダブルスコアのコールドゲームね)
 すでに課題曲の時点で、自分の勝利を確信する翼。
 歌は続く。
 やはり、最初から最後まで、音痴で下手くそである。
 しかし、実に一生懸命である。
 その必死さ、音痴さ、が以外にも客席の生徒達にウケてしまい。
「こういうのもいいねー! なんか面白いし可愛い!」
「退屈してたところだったけど、眼鏡ちゃんいいねー!」
「これは、会場得点気になるなー!」
 なんてことを言う男子生徒。
 そして、歌が終わる。
 ここでも、やはり大きな拍手が起きる。
 それに翼は、
「なんか随分逆に盛り上がってるみたいだけど、どうせ、たいした得点出ないでしょ!」
 なんて事を言う。
 そして、投票になる。
 司会の舞が言う。
「いいですか! みなさん! 今の歌良かった! という方! スイッチを押してくださいどうぞ!」
 生徒達が投票を始める。
 スイッチをすぐ押す人。
 迷っている人。
 その迷っている人を見て、司会の舞が言う。
「みなさーん! 良かった! と思う人ですよ! 上手かった! 上手だったではなく、よかったですからね!」
 なんて、司会の舞のフォローじみたことを言い、それを聞いて迷っていた生徒たちも、次々とスイッチを押す。
 確かに、上手くはない。しかし、審査基準はよかったかどうかだ。そのフォローの言葉に翼は舞台袖で。
(そんなフォローいらないのよ! 音痴で下手くそなんだから、もう最低得点の最下位確定なのよこの子は! 恥をかけ! ここで恥を!)
 そんなことを思う翼。
 そして、投票が終わる。
「では、結果がでたようです! まずは、機械得点! 表示どうぞ!」
 司会の舞が言うと、得点が表示される。
 表示された得点に、みんなはそれを見て、また再び笑い声があがる。
「58点」
 58点という得点に、坪内が、
「おいおい、やべーぞ!」
「あ、ああ……でも、練習のときより点数高いぞ! 練習は45点だったから。それに、どうしても上手に歌えないから、あえて僕が指示してこういう風に歌わせたところはある、大切なのは会場得点だ!」
 翼も58点という得点を聞き、
(58点! あーこれは恥ずかしい点数ね! 潔癖ちゃんだけよ! 唯一の50点台。翼の機械得点より、40点も低いじゃない! 笑い声も聞こえたし、どうせ会場得点も50点台、もしくわ、40点台でしょ! あー恥ずかしい! 恥ずかしい!)
 司会の舞が言う。
「では、会場得点です! どうぞ!」
 会場得点が表示される。
(さぁでろ! 40点台……)
 そんなことを翼が思うと、
「95点」
「でたああああああああああああああ! 本日会場得点最高得点! 95点! トップバッターの城ヶ崎翼さんの90点より5点高い95点! いい得点がでました!」
「!」
 会場中も意外と驚きの表情。
「確かに下手だったけど、俺は可愛いと思ったから押したぜ!」
「俺も俺も!」
「でも、こんな点数いくと思わなかったよな!」
 みんな似たようなことを思っていたようだ。
 そして、誰よりも驚いていたのは、翼だった。
(ちょっと! どういうこと!? 翼の会場得点より5点も高いなんて……間違ってる! 絶対間違ってる! 翼の方が絶対上手に歌えたのに!)
「機械得点は伸びませんでしたが、会場得点は高得点です! どうですか? 池田美樹さん!」
 司会の舞にマイクを向けられる。
「今日の日のために、一応練習した甲斐がありました。練習に付き合ってくれた友達にも感謝です」
 美樹がそう言うと、やはり、美樹が客席の一平の方を見る。
 そして一平が。
「どうだ!? 坪内! すごいだろ! 最高得点だってよ!」
「これ狙ってやったのか?」
「ああ……音痴でもいいから、一生懸命出来るだけ可愛い感じで歌ってみてって!」
「とんだ策士だな……お前というやつは……」
「それでも、得点が……」
 点数を気にする一平。
 坪内が、
「翼さんが暫定一位で合計得点188点。美樹ちゃんは、153点で暫定5位でその差35点。残りは自由曲と、自己PRで、この35点をひっくり返すには……」
 少し考えてから、坪内が、
「その二つで、平均18点近く、差をつけないと逆転出来ない点数……」
「厳しいのは、変わりないな……」
 一平が言う。
「それでは、みなさん自由曲にうつる前に、休憩時間でーす! 5分間に休憩入りまーす! ではでは~!」
 休憩の時間に入る。
 その休憩時間に。
 袖の控室で。
 翼が美樹に近づいていく。近づいていくなり、翼が美樹に話しかける。
「潔癖ちゃん、さっきの歌頑張ったじゃないの」
 そんな皮肉を言ってくる。
「ところで、自由曲は自信あるの?」
 相手を探る一言。美樹は答える。
「自信は……どうかな……末永くんは、自由曲は上手く歌えてるって言ってくれたけど。自由曲は、末永くんと一緒に作った曲だし」
「演奏はどうするつもり?」
「末永くんがアコギで弾いたCD音源を流してもらって、それで歌うつもり……」
 言って、手に持っていたCDケースを見せる。
 翼が言う。
「翼はプロのちゃんとした既存の曲を軽音部の人達に弾いてもらって歌うわ。数日間だったけど翼の人脈で、軽音部の方々が手伝ってくれるって言ってくれたから」
「そうなんだ」
「自己PRは? どうするの?」
「内容はまだ秘密だけど、服作ったから、それ着てやるよ」
「その服は今、どこにあるの?」
「女子更衣室に置いてある」
「ふーん……」
 美樹が持っていたCDケースを見ながら、何やら企んでいるような様子で頷く翼。
「わたし、ちょっとトイレ行ってくる」
 行って、CDケースを置いたまま、美樹はトイレへと向かった。
 そして。
 休憩時間の5分がたち。
 再び、会場に集まる客席の生徒達。
「それでは、休憩時間を終わりまーす! では、ミスコン2020再開いたします。自由曲からです! エントリーナンバー1番、城ヶ崎翼さん! 曲は、バンドギャングズで、プライマリーステップです! 軽音部のバック演奏とともにどうぞ!」
 軽音部とともに、翼がでてきた。
 設置されたマイクの前に仁王立ちする翼。
 それを、じっと真剣に眺める客席生徒達。
 課題曲で高得点をとり、暫定一位の翼が歌うため、期待の眼差しが送られる。
 そして、歌は始まった。
 歌は、アップテンポで、明るいロックな曲。
 何事も最初の一歩目を勇気を持って怖がらずに進もうということが歌詞に盛り込まれた歌だった。
 翼はやはり、上手に高い歌唱力で歌う。
 しかし、なんだか、バック演奏の軽音部の様子がおかしい。
 様子というか、音そのものがなんだか汚い。
 チューニングがしっかりされてない感じと、演奏している人たちが何やら緊張した面持ちに見え、ぎこちなかった。
 それに、気づいた翼が、少しまずいといった表情になる。
 しかし、舞台状だったので、そんなあからさまの顔は出来ない。後ろのバック演奏も振り返ることは出来ない。
 歌を続ける。
「歌は凄く上手いんだけど……なんか、面白味にかけるというか……」
「課題曲が衝撃的だったしなぁ……それに、さっきの眼鏡の子が本当に面白かったからなぁ……」
「なんだか、バックの演奏も少し汚い感じというか、呼吸が合ってない感じに思えるし……」
 ベースもエレキギターもドラムもバラバラの演奏だった。
 それでも、翼はなんとか歌いきる。
 歌が終わり、拍手が鳴り響く。
 翼は思った。
(何よ……今の軽音部の演奏は……練習ではうまくいってたのに、こいつら本番に弱かったの? ちゃんとチューニングされてないとか、準備不足じゃない……)
「それでは、会場の皆様! 今の演奏よかったという方! 投票どうぞ!」
 投票が始まる。
 会場の多くの客席の審査員が、これも少し頭を悩ませながらだったが、
「では、投票が終わりました! 結果はこうなりました! 表示どうぞ!」
 得点が得点ボードに表示される。
「80点」
「これも、高い点数が出ました!!!! これで268点! 暫定1位です!」
 その点数に、坪内が、
「80点か……美樹は98点くらいとらないときついか……」
「自由曲は、ある程度うまく歌えるよ、レコーディングの音源と合わせて歌ったところは俺の仕上げが遅くて練習できなかったけど、とにかく、信じるしかない」
 一平が言う。
 そして、エントリーナンバー2番の子の番になり、舞台袖へさがっていく、軽音部と翼。
 その舞台袖で。
 軽音部の男達を睨みつけ翼が言う。
「ちょっと、あなた達! どういうこと? さっきの演奏! バラバラだったし、チューニング出来てないとか、ただの準備不足じゃない! ふざけてたの?」
 翼が怒りながら、問い詰めると
「いや……ちょっと緊張してて」
 ベースの子が言う。
「そういうことにも頭まわんなくて……」
 エレキギターの子が言う。
「ご、ごめん気を悪くしないで……でも、この点数ならあれだろ! 翼さんどうせ優勝だろ!」
 ドラムの子が誤魔化しながら言う。
「優勝なんてのはもうとうの昔、確定してるの! でも! 翼に迷惑かけないでくれる! 恥をかかせないでくれる!」
「ごめんなさい……」
 軽音部の人達は謝るが。
「あなた達は、1年2組の者じゃないわよね!? なら、審査で、客席戻ったら、赤眼鏡の潔癖女のエントリーナンバー25番の子だけは、投票しないでくれる! いい!?」
 そんなことを言う。
「はい……わかりました……」
 言葉少なく、頷いた。
 舞台では、2番の子が歌を終えていた。
 点数は77点だった。
 その後も、3番、4番、5番、6番、7番。
 みんな既存の曲を音源から流し、それぞれ点数が、
 76点、69点、82点、71点、79点。
 翼より、自由曲では点数が高い者もいたが。
 しかし、やはり翼の268点に並びかける点数者はいない。
 皆、課題曲から70点台平均で推移していたため、合計点は良くても230点前後の者がいるだけであった。
 そして、エントリーナンバー18番くらいときだった。
 美樹はそろそろ準備をしようと、CDケースから、音源であるCDを取り出す。一平が時間をかけ、一晩中演奏し、やっとレコーディング出来た曲。
 そのCDケースを開けた時だった。
 中身のCDを見て美樹は目を疑った。
「なにこれ……」
 美樹が見た光景。
 CDが。
 CDが真っ二つに割れていたのである。
「だれがやったのこんなこと……」
 瞬時に、翼の顔が脳裏をよぎる。自分がトイレに行っていたとき。このCDはまだ無事でここに置いたままだった。帰ってきてから、CDは確認していないが、きっとそのとき
に壊されたのだろう。
 怒りの感情より、悲しみ、哀れみの感情がでてきた。自分という人間はどうして、人にこうも嫌がらせされるのだろうと。小学校時代から、ずっとそうだった。自分は嫌われていて、誰も相手にしてくれなかったし、自分の信じていた友達にもあっさり裏切られ捨てられた。
「どうせ、わたしなんて、こんなもんよ……」
 いつもいつもいつも。自分は人に嫌われる。自分は人に蔑まれ、騙される。どうせ人間なんてそうなんだ。
「みんなそうよ……」
 そう呟いた瞬間、一平の顔が頭をよぎった。あの人は違う。末永くんは、私を裏切らない。末永くんは、疑う訳にはいかない。でも、せっかく作ってくれたCD音源。こんなことになってしまった。自分の油断で。
 とそこで。翼が現れる。
「あらあら、どうしたの? 潔癖ちゃん? あれ、CD壊れてるじゃない? バックアップCDとか、持ってるの?」
 白々しく自分は知らない、犯人ではないというそぶりで、そんなことを言ってくる。
「……」
 美樹は何も答えない。自分の歌の妨害をされていることよりも、せっかく時間をかけて大事に作ってくれた一平のCDを壊されたことに大きく、憤慨していた。グッと拳を握り、翼に視線だけを送り、睨みつける。
「何よ! その目! 疑っているの? 翼が壊したって言う証拠でもあるの?」
 勿論証拠はない。だが普段の言動、行動、動機などから、もう翼意外には考えらなかった。
「犯人探しで、人を疑ってる場合はないんじゃないの? あなたは、そのCDがなかったら味気なくアカペラで歌うつもり?」
 そう言われ、美樹は考えた。どうしようかと。
 すると、その時舞台裏にちょうど、一平が現われた。
「美樹ちゃん! いたいた! これ坪内がさっき自己PRで使って欲しいって言ってたやつ」
 言いながら、黒いバックを渡してくる。何か中には入っているようだが、何かはわからない。とそこで、一平が、美樹の持っていた割れたCDの存在に気がつく。
「え!? 美樹ちゃん!? 割れてるじゃん……そのCDどうしたの?」
 驚いた顔で、言う一平。それに美樹が、
「ごめんわたしが落としちゃったみたいで、割れてしまったの」
 そんなことを言う美樹。だが、その言葉を全く鵜呑みにせず、
「落としたくらいで、こんな割れ方しないよ……だれが……こんなことを……」
 とそこで、やはり、一平も翼の顔見る。犯人はコイツだ。間違いない。といった表情で。だが、犯人が誰であるなんてことはどうでも良かった。一平は、自由曲も美樹が頑張って練習していたことも誰よりも近くで見ていた。何より二人で作りあげた曲なのだ。自分もこの曲に関わっていたいという思いが強かった。もうどうするか、考える暇などなかった。
「美樹ちゃん! 25番だよね!? 今18番の子が歌ってるから……俺家帰って、ギターとってくる!」
 一平はギターをとってくると言った。今朝は、美樹の家に泊まって、一旦の自分の家に帰って身支度し、ギターは自分の家に置いてから登校したため、家にあるギターを来ると言っているのだ。
「あら、生演奏するのね!? 楽しみ~! 間に合うかしら?」
 翼がそう言っても、何も答えず、一平は、走り出した。一平は、まず、客席にいる坪内に事情を説明した。事情を説明するなり、足早に会場をあとにしようとした。坪内が言う。
「行くのはいいけど、間に合うのか? 19番目だぞ、あと19、20、21、22、23、24だから……6人しかいないから、20分かからないくらいだぞ!」
「走れば、片道走って10分前後くらいだ。20分ならぎりぎり間に合う! ってか間に合わせる!」
 一平がそう言うと、坪内が、
「お前、他のクラスの審査はどうするんだよ!」
「坪内! 僕の分まかせた!」
 言って、一平は走り出した。
「まぁ……頑張って走れ……メロス……」
 なんてことを坪内が言い放つが、もうすでに一平が会場をあとにした。
 会場をあとにするのと同時に、一平は腕時計のストップウォッチをオンにした。秒が進んでいく。一平は全力でいつもの並木道を走った。誰よりも速く。風よりも速く。風が頬を伝う音も、落ち葉が風に舞う様子も、全く興味はなかった。途中、石ころに躓き、足を擦りむき、手をついて転んで、手の皮がむけたが、素早く立ち上がり、とにかく、走った。間に合うように走る。いつもの参道を超え、自宅までの道。もう7分経過していた。思った以上に、時間の進みは早い。正直今自分がやろうとしていることは、素早く家にあるギター回収し、会場まで戻り、舞台で生演奏をする。生演奏をすることに対する特別な意識はない。うまくいくか。いかないか。もうわからない。そんなことより、もうただやるしかなかった。家に着いた。折り返し地点。11分がたっていた。思いのほか時間かかってしまった。もう3人くらい歌い終わっただろうか。21番目くらいだろうか。ギターを早々回収し、会場へと走っていった。
 その頃。
 会場では。
 24番目の子が歌っていた。
 24番目の子の歌が終わり、点数が表示される。
 24番目の子は、75点だった。
 現在暫定1位はやはり翼だった。
 そして。
 司会の舞が言う。
「それではみなさん、自由曲最後のです! エントリーナンバー25番! 池田美樹さんで自作曲、『愛』ですどうぞ!」
 美樹が一礼して登場する。やはり、赤眼鏡に赤いスカーフ姿。地味モードの美樹のまま、舞台のマイクの前までくる。
 一平は間に合わなかった。おそらくギリギリで間に合わなかったんだろう。時間的には、20分が経過しているくらいだった。
「間に合わんかったか……」
 坪内が言い、少し残念な表情になる。
 美樹の歌が始まる。
 アカペラで美樹は、歌いだした。

――傷ついたハートを癒すのは――
 
 自分の心を想像しさらけ出しながら、歌う美樹。今までの嫌なこと、傷つけられたこと、それらを思い出す。

――あいた心を塞ぐ君の愛――

 一平がいろいろ手助けし、今日のこの時まで辿りついたことを思い出す。

――素直になれなくて――

 自分の素っ気ない態度を振り返る美樹。

――遠ざかる思いの距離――

 とそこで。

――都合のいい光だけに――

 舞台裏の袖の方から、アコースティックギターの音が聞こえた。音は、軽やかに奏でられ、心地よく歌う美樹を後押しした。
 
――私は目を向けた――

 一平だ。一平のギターの音だ。途中までアカペラだったが一平がギターを弾いて、舞台にゆっくりと現われた。さっきまで走っていたはずなのに、息切れしている様子は見えなかった。そうとう全力で走っていたはずだが、それをなんとか隠しながら、演奏に専念していた。

ーー自分を変えるキッカケは――
 
 一平のギターの音が聞こえ。なんだが、嬉しく安心する気持ちになる。

――待つんじゃなくて――

 歌う美樹の姿は、もう下手とか音痴とか、そういう感じではなかった。

――かすかな勇気だよ――

 ああ、やっぱり。この人はわたしの事大切に思ってくれている。

――愛をください、愛をください――

 この人は、わたしのこときっと裏切らない。

――わたしに愛をください――

 この人なら、本当に愛してくれるかもしれない。

――知りたいのは愛だけでなく、あなた――

 この人なら、本当に愛せるかもしれない。

――閉ざされた心が今――

 やっぱり、わたし、きっと。この人のこと……

――開いたねありがとう――

 歌が終わる。
 歌が終わると。
 会場中は、しんみりと一瞬静まり返る。
 さっきの課題曲とは、まるで違う、しんみりとした、心の乗った歌。
 ギャップがあったのもそうだが、ギャップもふきとんでしまったぐらい、今の歌、演奏に、大きく客席の生徒達は感名を受けた。
 すると、拍手が沸き起こる。
「いい歌だったよー!」
「この自作曲いいねー!」
「いやぁーCD買いたいわー!」
 という生徒達の声。
 それを舞台裏の袖で聞いていた翼が。
(課題曲があんな下手くそだったのに、なんで自由曲は、こうなの! それにどうやら、ギターも途中から参加して、ミス連発だった私たちと違って、ノーミスなんて……)
 客席に座る坪内が、
「これが、二人で作った歌か……めっちゃいい曲だな……」
 なんてことを呟く。
 そして、投票が行われる。
 翼は、得点の計算を頭でする。この時点で14点以下なら、次に翼が0点で、美樹が100点でも美樹の逆転はない。しかし、それはまずないだろう。そこで、自分のベース点を考える。今まで89点平均で来た。自己PRもおそらく89点近くとれたとしたら、この時点で204点差つく。つまりここで美樹が100点とって、自己PRで100点とろうと、それも美樹の逆転はない。
(まぁ……翼よ、焦る必要はないわ……何点とろうと、もう私の優勝は確定的なんだから……)
「では、投票が終わりました! それでは、結果表示どん!」
 司会の舞が言うと、得点が表示される。
「97点」
「でたー! こちらも自由曲最高得点です! 池田美樹さん! 今の気持ちお聞かせください!」
「頑張って練習した甲斐がありました! それに、後ろでギターを弾いてくれた末永くんにも感謝です」
 言って、明るい表情になる美樹。人前でこんな美樹の表情を見たのは、はじめてだった。そこでもやはり、一平は嬉しい気持ちになる。
「誰だよ! 票入れてないやつ! こんな曲いい曲歌ってんのによぉ!」
「おかしいだろ! 97点って! もう100点でいいじゃん!」
 なんて、生徒たちの声。
 舞台裏で、翼は思い出す。
(票を入れてないやつら。おそらく、それは、ほんの数名と、あの軽音部の3人だわ)
 よくやった、というしてやったりの表情になるが、しかし、そのあと厳しい表情。ここでも会場得点の最高点を奪われた。なんだかんだ注目を集め、会場ウケがよく、評価されているのは、あっちのほう。翼が完全勝利をあげて、あの子に恥をかかせてやろうというビジョンは全くその青写真の通りにはなっていなかった。
 美樹はこれで現在合計得点250点。暫定5位から、一気に暫定2位に踊りでた。翼との差は18点。
 美樹が舞台裏に戻り、
 司会の舞が言う。
「それでは、続いて! 最後! 自己PRのタイムです! 自己PRはなんでもあり! コスプレよし! 一芸よし! また歌うのもよし! なんでもよしの時間でーす! それでは参りましょう! エントリーナンバー1番! 城ヶ崎翼さーん!」
(現在18点差つまり、わたしが83点以上とれば、わたしの優勝はほぼ決まり、あの子の優勝はない。他の子も優勝出来ない点差のはず)
 裏で控えていた、翼が舞台に登場する。
「きたよ! 現在暫定一位の美人ちゃん!」
「よ! なにやってくれるかなー!」
「金髪ちゃーん! 期待してるよー!」
 男子生徒の声。
 その期待とは裏腹に。翼はさっきと違う格好で現れた。さっきは、可愛らしい指定の制服を着こなしていたが、今度は、普通のなんの変哲もないジャージ姿。それに、帽子に靴下、普通の靴。
「なんでそんな格好しとるんやー!」
「美人ちゃんそうだよ! もっと可愛い格好してちょうだいよー!」
「そーだ、そーだ! そんな格好では、誰も興奮せんぞー! ミスコンやぞ! 優勝できへんぞ!」
 なんて、男子生徒中心からの要望や指摘のヤジが飛ぶ。
 とそこで、翼が。
「会場のみんな! 翼と野球拳する!?」
 そんなことを言うと、男子生徒が鼻息を荒くして、
「うおおおおおお! するー! するー!」
 それが目的だったかと、さっきの発言とはうってかわって、納得する男子生徒達。翼はルールを説明する。
「翼とじゃんけんして……負けた人は目をつぶるなり、手で顔隠したりして、翼のことはもう見ないでください! 勝った人! あるいわアイコだった人は残って翼が脱いでいく様子を見てください! わたしのライフポイントがなくなるか、あるいわ、会場のみなさんが全滅するかで、勝負は終わりとしまーす」
 なんてことを言う。それに、坪内が、
「おいおい……この子大丈夫か?」
 一平が、
「やはり……そう来たか……お色気作戦ね……」
 そしてゲームは始まった。
「野球~するなら~こういうぐあいにしやさんせ~アウト! セーフ! よよいのよい!」
 翼がノリノリで歌い、パーを出した。
 それに、客席の反応は。
「うわーマジかよ負けちゃった……」
「よっしゃー勝ったぁ!」
「セーフ! アイコだぁ!」
 なんてことを言うが、この手の勝ち負けは正直どうでもよい。はなから守る者などいない。遅出しするもの、負けても目を瞑らないで見ているもの、目を瞑っても薄めで見ている者、さまざまいるが、つまり、翼が脱いでいく様子をその目で確認できれば良い。翼もそれは最初から、重々承知で、そんな不正をするものも咎めるつもりもないし、むしろそういうやつは票を入れてくれそうだから、大歓迎であった。
「ああ……全滅しなかったかぁ……しょんぼり……じゃあ、帽子取りまーす!」
 翼の綺麗な金髪ロングが露わになる。
 その後も、野球拳は続き、
「まだ、全滅しないかぁ……しょんぼり……じゃあ、くつ脱ぎまーす!」
 その後も、靴下、上のジャージを脱ぐ。
 進むにつれ、男子達のテンションがヒートアップする。
 女子は、あまり興味なさそうに、その様子をみていた。女子に比べて、男子共が、じゃんけんでは、不正行為のせいか生き延びているものが多かった。
 現在は、上に白いTシャツ。白いTシャツの中は不明。下はジャージのズボン。ズボンの中も不明。
 ここから先が男子生徒達の大興奮の時間で期待十分であった。
「よよいのよい!」
 チョキを出す翼。当たり前だが、まだ全滅はしない。おそらく、最後まで脱ぐ気だろう。
「じゃあ、翼、次、どっち脱ごうかな?」
 会場の男子生徒が興奮ぎみに、
「うえー!!」
「いや、しただろ!! したー!!」
 なんてこと言う。
「じゃあ……した……脱いじゃおっかな!」
「うおおおおおお!」
 喜ぶ男子生徒達。
 すると、ゆっくりと両手で、ジャージのズボンの両端に手をかける翼。いやらしく、焦らしながら、じょじょにズボンを下げていき、それを露わにさせる翼。
「え!? 見えない!? ってか何も穿いてない!?」
「え!? 水着もパンツも穿いてない!?」
「まさか!? ノーパン!?」
 大興奮の男子生徒。それに、その場にいた先生達や、担任の立沢先生ら顔が曇る。
「さぁ!? どうでしょう!?」
 ちょうど、上の白いTシャツが長めのシャツだったため、その白いTシャツから、すらりとした綺麗な足が伸びていたため、ノーパン姿に見えた。これも、翼の計算の範囲だった。
「次のじゃんけんで、みんな全滅しなかったら……翼、上のこのTシャツ脱がないといけない……そうなったら、したもうえも、見えちゃうかも……だ・か・ら、みんな出来れば、パーを出してほしいなぁ、翼はチョキだすから」
 言うが、しかし、それも守るものなどいなかった。
 そして。
「よよいのよい! いやーーーーーーん! どうして、パーだしてくれないのぉ……翼ショック……」
 翼は宣言通りチョキを出した。しかし、生き延びている者は、みんなバラバラの手を出していた。翼が負けが確定するやいなや鼻血を出して、倒れる男子生徒もいた。
「じゃあ、もう、恥ずかしいから一気にぬいじゃお! それー!」
 今度はもったいぶらずに、すこしためらいつつも、一気に上のTシャツを脱いだ。
 すると、金髪の長い髪が揺れ、上半身は青い水着、Tシャツで隠れていた下半身も青い水着の姿であった。
 その姿に、大興奮の生徒達!
「私の綺麗な体を見てー! これが私のありのままの自己PRです!」
 言って、男子生徒たちが、
「入れるから、もっと脱いでくださーい! ああ、票ね!」
 言うと、さらに先生方の目が曇る。だが。 
「ここで、もう、お・し・ま・い!」
 翼が言う。興奮していた男子生徒がなんだ残念といった反応になるが、ここで、翼が、
「うっそー! 翼のライフポイントは、まだあるんだから! 最後のじゃんけんいくよー!」
 再び大興奮の男子生徒達。
 とそこで、目を曇らせていた、先生方舞台へと近づこうとするが、
「アウト! セーフ! よよいのよい!」
 と翼がじゃんけんの手を出そうとした時、
「はーい! 盛り上がってるところ悪いですがそれまでぇ! PR持ち時間いっぱいでーす!」
 司会の舞が言う。どうやら、あらかじめ、こういう終わり方をするよと、翼が司会の舞で打ち合わせしていたようだ。もっとも盛り上がりを見せたところで、翼の自己PRは終わった。
「それでは、点数参りましょう!」
 投票を終え、最後の得点発表。
 ここで、83点以上入れば、翼の優勝が確定する。
「やめてくれ! 頼む! 83点いくな!」
 呟き念じる一平。
(83点なんて、軽く超えるわよ、わたしのこんな出血大サービスして、超えないはずがない……)
「得点表示!」
「82点!」
「これも、高得点がでましたねー! えっとこの時点でですね、暫定3位以下の方々の優勝はなくなりましたぁ! すなわち、エントリーナンバー25番の池田美樹さんが……えっと、もし100点をとりますと、これ点数が……350点で並ぶんですね! 並んだ場合は最後の自己PRの得点高かったほうが優勝となります!」
(どうして……82点……男ウケはよかったはず)
 翼は思うが、
 そうである。
 あくまでも、男ウケの話。
 内容的には、女子生徒から嫌われたり、煙たがられてもおかしくない内容。女性にとっては、需要が見いだせない自己PRだったため、女性票を獲得出来なかったようだ。
 得点をを聞いた坪内が、
「おいおい! 100点だなんて満票とらないと出ない点数だろ」
 一平が、
「100点で、逆転は無理だけど、ならんで美樹の優勝か……」
「一平、美樹はなにをするんだ?」
「作った服を着て、なんかする。何をするかは俺もわからない……」
 司会の舞が、
「それでは……続いて、エントリーナンバー2番……」
 自己PRは続いた。
 その後は、消化試合のようなものだった。
 普通にコスプレや、水着を着て、ポーズをして、歩きまわる子や、再び歌を歌うもの。一芸でけん玉や、クリスタルボール芸やジャぐリングなどの大道芸をやるものさまざまいた。しかし、暫定3位以下の成績など、どうでもよかった。それは、翼も会場中の生徒達も同じ気持ちだった。最後の美樹の自己PR。それが期待の注目だった。
 そして、エントリーナンバー20番あたりだった。そろそろ着替えようと美樹は、女子更衣室へむかった。そして、自分のロッカーの中の、製作した黒いワンピースを着ようとした。
 しかし。
 そこでも、驚愕の光景があった。
「え……!?」
 ワンピースが。
 黒いワンピースが、ズタズタにきりきざまれ、ぐちゃぐちゃの状態で丸めてあった。
「く……」
 すぐさま、翼のことが脳裏によぎる。これは、自分で作ったものだ。さっきのCDは、一平と一緒に頑張った合作である。さっきの自分は、許せないくらいの憤りを感じたが、今回は、わりと平気な顔をして、
「またか……」
 なんてことを言う美樹。そこで、着替えにきていた翼がまた近づいて言ってくる。
「あら……そんなずたずたにきりきざまれた服を、どうするつもりかしら? それを着るつもりかしら? だれが、その服をそうしたのかしらね……?」
「知らない……でも、着るつもりだよ」
 言ってくる。それに、腹立たしく思った翼が、
「そういうことされて、怒ってるんでしょ? ムカついてるんでしょ? さっきわたしを睨みつけたみたいな目で、私をまた疑わないの?」
 そんな挑発的な事を翼が言ってくるが、
「べつに……」
 美樹が無愛想に言う。
 それに、ムカついたような表情で、翼が、
「あんたの顔見てたら、ムカつくのよ。いつもいつも、クールを装っているのか、なんだか知らないけど、自分の感情を表に出さない! 初めて会ったときからずっとそう! 隠してばかり。何を守ってるの? 何を怖がってるの?」
 翼が言ってくる。
 自分は隠しているつもりもなければ、怖がっているつもりもない。自分の感情を表に出さないのは、表に出さないのではなく、表に出せないのである。そう美樹は思っていた。
「あんたのことは噂で聞いたわ。あんたなんて、いじめられて当然よ。自分に自信がないとか、誰も自分を愛してくれないとか、そういう隠れナルシストなところが本当にキモいし、そんなやつ誰も愛してくれないわ! 正直になりなよ! わたしは学校で一番可愛いんだって、本当はそう思ってるんでしょ?」
「そんなこと思ってないわ……」
「嘘よ……じゃあ、こんな大会出る必要もないし、なんでこんな綺麗なわたしと張り合ってる訳? わたしは出ろとは、言ったけど最終的に決めたのはあなた」
「それは……」
 言いかけたところで、言葉が止まる。
「それは、末永くんのことが好きだからでしょ? わたしが優勝したら、末永くんと付き合って、末永くんがわたしの者になっちゃう。それが嫌だから……」
「末永くんが助けてって……」
「それが、嘘よ。好きなんでしょう? でも、それを表に出すのが怖い。表に出しちゃって、自分が本気になってしまったら、その先好きな人が、お母さんみたいにいなくなってしまうと、自分は怖くて生きて行けない。だから、そうして踏み込まないんでいるんでしょう?」
 翼の言葉に、美樹が冷たい視線を送り、
「あなたに何がわかるの?」
「わたしも経験者だからわかるのよ」
「どういうこと?」
 美樹の問いかけに、翼は神妙な面持ちで語る。
「私は、中学の頃、好きな人がいたの。これといって、カッコいいっていう容姿でもなければ、お金もちって訳でもない。私と境遇や育った環境がちょっと違った。その分やっぱりこの人違うなって、思ってなぜか、魅力的に見えた。話も面白かったし。その人をすごく好きになって、告白して、付き合うことになった。最初は幸せだった。自分の思いは満たされた。好きな人と一緒になることは、こんなに幸せなことだったんだって、気がついた。でも、私と彼氏の関係は、長く続かなかった。私の事を快く思わないクラスの女子が、私の彼氏を平気で奪っていった。その女は本当に彼氏の事を好きなのか? それは、わからなかったけど、認めたくないけど、そいつもある程度美意識が高い女だった。彼氏を誘惑して、自分の者にして、私を苦しめてやろうって。その時私が感じた敗北感。私が味わった屈辱。失ったと同時に気づかされた愛の重さ、愛を失う怖さ。その女には、もうやり返すことは出来ないけど、あなたの人を好きになって怖いという気持ちはわかるつもり。だから、あなたみたいに、躊躇してたちどまってる人間はどうしても、鼻につくの。自分は怖い思いをした、でも、好きだという気持ちだけ抱いて、それを恐れて、立ち止まっている人間がずるく感じるの。そんなやつに、私の味わった敗北感を与えてやろうって。私が味わった喪失感を味あわせてやろうって。じゃなきゃ、私だけ辛い思いをするなんて不平等じゃない」
 そんなことを言ってくる。
「さっきの割れたCDも、このきりきざまれた服も、城ヶ崎さんの仕業なの?」
「そうよ……」
 認める翼。
 すると、美樹が翼に近づいてくる。
 手のひらを広げて、右手をあげて、翼の顔をはたこうとする。
「あら!? 叩くの? いいわよ! べつに……あとでどうなるか知らないけど、あなたの怒るところ見れるのは、私は嬉しいし……ところで、その右手、手袋はしなくて……」
 しなくていいの、言おうとした瞬間、手のひらを広げた右手で、翼は頬を叩かれた。
「そんなくだらない理由で、こんなことしないで」
「あなたが悪いのよ、ハッキリしないから」
「自分には理由がある。これ以上踏み込んではいけないという理由が。愛しちゃだめだって理由が」
「何よ!」
「……」
 聞かれるが、美樹は答えない。
 そして、切り刻まれたワンピースを着る。もはやそれがどんな服なのか、ほとんど原形をとどめていないが、
「それを着て、どうする訳? 私にやられたって公表するつもりかしら?」
「……」
 が美樹はやはり答えない。無視する一方で。
「まぁ好きにするがいいわ。あなたは満点をとらない限り、わたしの点数は上回れないんだから……」
 言って、翼はその場から立ち去った。美樹はその後、坪内が用意した黒のバックの中から、作戦道具を手に取りだし、用意した。
 その頃。
 会場では。
 エントリーナンバー24番の自己PRが終わったところだった。
 ここまで、自己PRで90点台を叩きだしたものはいない。
 美樹に大きな期待が寄せられる。
 そして、美樹の番。
 美樹は登場した。
 坪内の秘密兵器ともに、なんと、ジャージ姿で、顔は馬のかぶり物をしていた。
 この馬のかぶりが二つ目の秘密兵器である。
 それを見て、思わず、観客の生徒たちが、噴き出す。
 舞台裏の袖で、見ていた、翼が言う。
「何よ! あの馬ヅラ! だっさー! 優勝する気はあるのかしら?????????」
 会場の注目は100点満点を出して、美樹が同率得点で、逆転優勝できるかどうか?
 翼が、先行逃げ切りでリードを守って、優勝を飾れるか。
 そんな注目が、美樹に集まって。
 美樹は、言葉すくなに一言。
「朗読をさせて貰います……」
 いつのまにか、小説みたいなモノを書いたノートを手にとり、
「小学生の時作りました。自作の小説です。聞いてください」
 まだ、その馬ヅラに大きく違和感があり、失笑する生徒たちだったが、
「あれ大丈夫かよ!」
 指をさし、言う一平。
「大丈夫これからだから見てろって!」
 言って、二人は美樹に視線をやり、その様子を見守る。
 美樹が小説を読み始める。
「昔昔、ある孤島の島に、馬に乗る勇者と、平民の孤児でありながら、王様に拾われ、姫として育てられた娘がいました」
 馬という言葉がでて、納得の表情になる生徒達。美樹は続ける。
「孤島の島は、凶悪で残虐な、妖怪が潜んでいました」
 どうやらファンタジー系の小説のようだ。なんだろう不思議だという様子で、会場中の生徒達がその世界観に一気にひきこまれる。
「勇者はその妖怪を倒すために、仲間を集めました。しかし、仲間は誰もついてきてくれなかったです。それでも、姫君だけは、勇者の事を応援してくれました。頑張れって。この孤島の妖怪を倒せるのは、勇者だけだって。勇者は、ある日、姫君に言いました。『なぜいつもきみは、バンダナをつけ、マスクで顔を隠しているんだい?』とそれに、姫君は答えました。『わたしは、平民の孤児の姫。私のことをここよく思わない貴族が嫌がらせや、命を狙っているので、わたしは普段わからないようにと、顔隠しているの』」
 もう、馬ヅラのかぶり物で失笑する生徒はいなかった。ただその朗読を真剣に聞いていた。
「君の本当の顔が見てみたい、君がどんな顔をしているのか? 僕は、ちゃんと見たことがないから、しっかりとこの目で確認したい、そう言われると、姫君は、頭のバンダナをとり、マスクも外し、姫君の顔が露わになるのでした」
 といいながら、美樹もその朗読の内容に合わせるように、馬のかぶり物を脱ぐ。するとそこには、さっきまでの地味モードの美樹の姿とは違い、やはり美しい風貌の顔が露わになる。
 しなやかな長い黒髪に、左右対称の均整のとれた顔立ち。さっきまでしていた赤眼鏡はもうしていないし、赤いスカーフもしていない。予想していなかった美樹の美しい姿に、多くの生徒達がギャップを感じ、驚きの表情を隠せなかった。しかし、美樹の朗読中のため生徒達は大きな声は出せない。美樹の朗読は続く。
「『これが私の顔よ。どうかしら勇者さん』勇者は答えました。『姫君なんとそなたは美しい。そなたを自分の者にしたい』姫君は言いました。『こんな私でも好いてくれるのなら、勇者さん、私達一緒になりましょう!』その後二人は一緒になりました。いつも一緒で。やがて二人の間に愛が芽生えました。愛し合う二人はとても幸せでした。しかし、ある日姫君が、妖怪が潜む森へ出歩いた際、その妖怪に『好殺の業』(こうさつのごう)という呪いをかけられました」
 呪いという言葉を聞いて、驚く表情になる生徒達。
「好殺の業とは、死の呪いであり、自分が死なないと1ヶ月後に好きな人を自分が殺してしまうという最悪の呪いでした。その呪いを解くため、勇者も森へと入り、妖怪と戦いました。しかし、勇者もまた妖怪から『好殺の業』(こうさつのごう)をかけられてしまうのです。妖怪には逃げられ、孤島のどこかに隠れられてしまいました。呪いをかけられた勇者は悩みます。勇者は姫君を姫君は勇者を、愛しているのでお互いが死なない限り、お互いがお互いを殺しあってしまう、いったいどうすればいいのか?」
 その呪いの内容を聞いて、一平の顔は驚きの表情になる。まるで、今の美樹と自分を照らし合わせている小説のようだ。小学校の頃書いたという小説と言っているが、これは嘘だ。ここ最近に書かれたものだ。そうすぐにわかった。勇者は僕で。姫君は美樹で。
「悩んだ二人は、1か月たつまえに、お互いに内緒で、お互いが死を決意し合います。自ら命をたとうと。でも、死ぬ前に、勇者は確認したいことがありました。姫君に近づいて、そっと顔に右手をあて、顎を持ち上げ、聞きます。『僕が、君のことを好きだと言ったことは何度もある、君もおそらくは僕のことを好きだろう。でも、言葉で聞きたい、君の本当の思いを、確かなこの耳で僕は聞きたい』そう言われ、姫君は答えました」
 その朗読を聞いて、この姫君の答えの言葉が、美樹が思う自分への気持ちなんだろうと一平は思う。なんとなくだが、美樹の気持ちはわかりはじめていた。きっと美樹は僕の事を――
「『わたしは、勇者さんのこと……好きです。大好きです。差別を受けてきた私を受け入れてくれて、私の容姿を認めてくれて、私はいつも嬉しかった。一緒にいるだけですごく嬉しかった。本当に幸せだった。これまでも。そしてこれからも』」
 これが、おそらく美樹の本当の気持ちなんだろうと思う。それに、一平は嬉しい気持ちになる。手紙のことはあったが、自分がこの先殺されるかもしれないという、恐怖の気持ちより、好きな人に愛されたという幸福感が自分を包み込んだ。
「『君に言うつもりはなかったが、僕は自分で死のうと思う。君のことが好きだから。君のことを愛しているから。僕が死ねば、君は自らの手で僕を殺すことはしなくて済むし、君自身も死ぬことはない。何より辛いのは、君が死ぬこと。君を僕が殺すこと。君がいない世界など、僕が生きている意味がないんだ』それほどまでに、勇者の愛は深かった、と同時に、姫君も言う。『あなたがいない世界も私は想像できない。私を受け入れてくれる、私を愛してくれる唯一の存在。そんなあなたが死んでは、わたしだって生きてる意味がない』そんなことをお互い言いました」
 一平はその話をずっと、自分のことのように聞いていた。自分の気持ちも、きっとそうなのかもしれない。美樹が好きだ。美樹に死んでほしくない。自分の生死以上に、そういう気持ちがあるのではないかと。
「じゃあ、どうしよう? お互いに考えました。残りのタイムリミットまでまって、お互い殺しあうのを待つか。それとも、タイムリミットがくるまえに、自分達の意思でお互い殺しあうか。すると、お互いが同時に言いました『どうせ死ぬなら、大好きな人に自分達の意思で殺し合おう』二人の結論が一致しました。勇者が言いました『大好きな人に殺されるなら、僕は幸せだよ……』姫君も言いました『私も一緒だよ』二人がそんな会話をして、二人は持っていた短いナイスを右手で持ち自分の心臓にあてがう。勇者も姫君も。ナイフを心臓の位置に」
 それ以上進んではだめだ。最悪の結末になる。そう一平は思った。いくら小説の話とは、いえ、今後の自分達の姿の末路を見るようで、一平は、朗読をする美樹から目を逸らした。
「『私の瞳をしっかり見つめて……最後だから』姫君が言う。勇者も真っすぐとした瞳を姫君へ向け『僕が愛した、温もりはこの胸のなかにある。最後は強く強く抱き合っていこう』右手のナイフを心臓にあてがったまま、二人は、左手をお互いの腰に回し合い、抱きしめあう」

――それ以上しては、だめだ――

「ナイフの切っ先が、自分のお互いの体に入ってくるのがわかる。傷口から血が流れてくる」

――やめろって――

「痛い。これが痛みなんだ。でも平気だ。相手を失ってこの先一人で生きてく心の痛みなんかより、ずっとましなはずなのだ。そして、お互いはさらに強く抱きしめ会う」

―-やめてくれ――

「致命傷になるほど、深く深くナイフの切っ先が自分の体の中に入っていくのがわかった。これ以上抱きしめ会えば、きっと切っ先は心臓に届いて死ぬだろう。もう最後の別れになってしまう。その最後をせめて、深く愛し愛されたいという強い気持ちが、さらにお互いの左手に力を入れる。そしてより強く強くより抱きしめあう」

――そんなのいやだよ――

「涙が流れていた。勇者の目にも。姫君の目にも。君のことが好きだから、あなたのことが好きだから、もうこの手を離すことは出来ない。もうこの手を緩めることは出来ない」

――こんなのだめだよ――

「その切っ先が心臓へ届こうとした最後……『大好きだよ……愛してる』そうお互いが言い、二人の愛は永遠となった……」

――…………――

 会場中の沈黙。
 固唾を飲んで、朗読を聞いていた、生徒達は、ぴくりとも動かない。
 まるで、凍りついた様子に見える。
 泣いてる者もいた。
 泣いてる理由は様々あった。
 どうしてだ。可哀想。良かったね。
 いろんな気持ちがそこにはあった。
 沈黙。
 そして、その沈黙を美樹が打ち破った。

――「そんなのわたしもいやだよ……」――
 
 もう朗読は終わっていた。
 小さな声で美樹が言う。これは、美樹の本音の声だ。

――「だめだよ……こんなことしたら」――

 美樹がいいながら、着ていたジャージを脱ぎ始めた。
 すると、中で着ていた服が露わになる。
 それは、自分がこの日のために作った、ずたずたに引き裂かれた黒のワンピースを着ていて。

――「私のこと、もっと見てよ。こんな私をもっと愛してよ」――

 一平は、その美樹の姿を見て、驚いた。頑張ってその黒のワンピースの服を作っていたことを一平は知っている。この舞台の演出ために、自分でわざとずたずたに切り刻んだとなんては、思わない。きっと翼仕業だろう。瞬時にわかった。そう思い、翼への怒りが込み上げてきたが。

――「もう身も心も体もずたずたで、ぼろぼろで、人に蔑まれ、裏切られ、こんな嫌がらせしか受けない私を誰か愛してよ」――

 この言葉も、一平は、美樹が自分に問いかけているのではないかと思った。

――「ねぇ、愛してよ」――

 きっと自分のことを言っているのだろう。彼女の愛に答えた先にある未来。自分は変えたい。どうにか変えたい。彼女を笑顔で抱きしめながら、ずっとずっと一緒にいられる未来を願って。

――「大好きな、あなた! 私を愛してよ」――

 大きな声で、会場中に響き渡るくらいの声で、彼女は懸命に愛を叫んだ。

――「あ……終わります……」――

 そう言って、彼女の自己PRは終わった。
 今の朗読、演技などに、点数をつけるなど、正直おこがましいとさえみんな思った。
 こんな朗読は見たことない。こんな悲しく、歪な、それでいて愛に溢れた朗読。
 悲しいと思った。
 やるせないと思った。
 素晴らしいと思った。
 多くの人の心が、思いが、気持ちが、瞳から感動の涙となって頬伝い、溢れだしていた。
 しばらくしてから、割れんばかりの拍手。
 拍手は30秒以上も続いた。どんどん拍手の音は大きなっていくのがわかった。
 あっけにとられていた司会の舞も、涙ながらに、進行を進めた。
「では……今の自己PRよかったと思った方! ボタンを押してくださいどうぞ!」
 客席の審査員生徒達も、もうボタンを押し忘れてしまうんじゃないかというくらい余韻に浸っていた。
 ミスコン史上初の100点がでるかもしれない。
 そんな異様な期待感が会場にはあった。
 その時、舞台裏で控えていた翼は必死に念じていた。
(100点……出されたら、私の負けだ。終わりだ。そうなったら、悔しいけど、この子が学園のナンバーワンだ……)
 だが、そこで、前の言葉を思い出す。
 軽音部にお願いしたこと。
 エントリーナンバー25番には、投票するなという言葉。
 その言葉が裏切られてなければ、確実に100点という得点は出ないはず。
 そして。
 翼は微笑を浮かべる。
 勝利を確信した笑みを。
 集計が終わる。
「それでは、最後! 池田美樹さんの自己PRの得点は……」
 得点が表示されようとしていた。
 ランダムに数字が次々と表示され、数字がシャッフルされる。
 集計結果。
 それは。
 得点は。
「99点!」
 ということは。
「99点ということは、グランプリは、エントリーナンバー1番! 城ヶ崎翼さんです! 見事グランプリ獲得です!」
 司会の舞が大きな声で言う。
(やった! わたしの勝ちだ! あの子に勝った! わたしが学園のナンバーワンだ!)
 会場の椅子に座っていた一平が、
「頑張ったよ、美樹ちゃんは……」
 小さな声でそう呟く。
「そうだな! 俺の作戦のおかげもあるだろ!?」
 誇らしげにそう言う坪内。
 なんだろう、勝負に負けたはずなのに、一平も坪内も、そして当事者の美樹も明るく、やりきった表情になる。
「では、結果が決まったところで、表彰入りまーす! 」
 司会の舞が言う。
 
  結果
  優勝 翼  課題曲98、90 自由曲80 自己PR82 総合点350
 準優勝 美樹 課題曲58、95 自由曲97 自己PR99 総合点349
 
 1点差で翼が勝利した。
「では、舞台裏のみなさーん! 舞台に出てきてくださーい!」
 司会の舞がマイクを持ち、翼にインタビューする。
「城ヶ崎翼さん見事グランプリおめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
 拍手と、スポット証明が翼に当てられる。
 翼は、インタビューに答えながらも、周囲を見渡す。
 自分がグランプリに輝いた。自分がナンバーワンになった。
 そのみんなの反応とリアクションは?
「金髪ちゃんおめでとう! 金髪ちゃんもよかったけど、25番の赤眼鏡ちゃんもめっちゃよかったよ!」
「俺は、眼鏡ちゃんがよかったなぁ」
「眼鏡ちゃんのギャップに萌えたね」
「眼鏡ちゃん! 来年また頑張って!」
「会場得点では、全て95点以上で一位だから、気にしないで! 眼鏡ちゃん!」
 なんて、美樹の事を言う声の数々。優勝したのは、私なんだ。翼が優勝したのだ。なんで、みんなは潔癖野郎のことばっかり言うのだ。そんなことを思いながら、悔しい気持ちになる翼。
(わたしが求めていたものは、これだったの? わたしが手に入れたかったものは、これなの? 相手を妨害したのに、結局わたしが上回れたのは、機械が判断した得点だけ。会場の人達のこころなんて、私の力では、結局動かせないんだ。恥をかかせてやろうと思って、潔癖ちゃんを推薦したのに……結局恥をかいたのは私だった……)
 それでは、大会長の校長先生から、トロフィーの授与です。校長先生が近づいてきて、トロフィーを渡してくる。それを受け取り、翼は一瞬笑顔になる。
 しかし、その笑顔も心ここにあらずといった表情で。
「ありがとうございます……」
「トロフィーを手にして、今のお気持ちは……」
 司会の舞が聞いてくるが、翼は、戸惑い声を止めて。
「…………く、くだらない……」
 小さな声で言う翼。しかし、司会の舞には聞き取れない。会場の生徒たちもまとも聞こえていないくらい小さな声だった。
「…………くだらない、つってんの……」
 今度はハッキリと聞こえた。くだらないという言葉。翼は少し目頭を涙で濡らしたまま、
「くだらない、くだらない、くだらない! こんな賞! わたしは認めない、おかしい! 絶対おかしいわよ! わたしは絶対みとめないからっ!」
 言いながら、翼は持っていたトロフィーを地面へ叩きつける。
 トロフィーは、上部が真っ二つに割れ、粉砕、壊れてしまった。
 突然の出来事に、驚きを隠せない生徒達の表情。
 校長先生も、司会の舞も、その行動に驚いてしまい、
「城ヶ崎さん? どうなされました?」
「……」
 言うが、翼は一瞥もせず、下を向いたまま走りだし、会場から出て行った。
 泣いていた。
 今度は本当に泣いていたと思う。
 一平は思った。
 これは、ラブレターを渡してくれた時の涙とは違う。
 一平も、翼を追いかけ、会場を出た。
 そのあと。
 トイレの前の水飲み場で。
 実にみっともなく、嗚咽を漏らして、翼は泣いていた。
 翼が泣いていると、背後の方から誰かがくる気配がした。
 一平だ。
 一平の姿があった。
 一平が話かけてくる。
「城ヶ崎さん! グランプリとったら付き合うって話だけど……」
 言われ、翼は振り返り、一平を見ながら言う。
「あ、それ? それ冗談だから。末永くんのことべつにそんな好きじゃないし、潔癖ちゃんを陥れるために、あなたを利用しただけだから、本気にしないで」
 するとそれを一平が頷きながら、
「うん。それは随分まえからなんとなく、わかってたよ。城ヶ崎さんが僕のこと好きじゃないって。僕は城ヶ崎さんのこと今嫌いになりそうだし、なんであんなことしたの? CDを壊したり、美樹の服をずたずたにしたり……そうまでして、美樹ちゃんに勝ちたかったの?」
 美樹の服がああなったのも、翼の仕業であると、一平はもうわかっていた。
「そうよ……恥をかかせてやりたかったのよ! 舞台でなにも出来ず、恥をかくあの子の姿を、私が完全勝利を納めて、私にひれ伏す姿を、見たかったのよ!」
 そんなことを強い口調で言う翼。
「どうしてそんなナンバーワンにこだわるの? 城ヶ崎さんは、今日のナンバーワンで気持ちは満たされたの?」
「それは……」
 そこで、言葉が止まる。そうだと言えば嘘になるし、そうじゃないと否定すれば、本当のナンバーワンになれなかったことを認めてしまうようで、なんだか悔しい。
「わたしは……」
 言葉につまっていると、一平が、
「城ヶ崎さんの歌。課題曲上手だった。とても凄かったし圧倒された。自由曲もいいところあったし、野球拳も盛り上げてくれて、楽しそうだった……」
「なにが言いたいの?」
 そんな敵に対して言ってくる、陳腐な褒め言葉を言われ慰められて、喜ぶほど翼は簡単ではない。
「来年……来年また頑張りなよ……グランプリとってる子に、上から目線みたいで悪いけど……来年また、美樹ちゃんと一緒に参加してよ。それで、自分が納得いくようにすればいいと思う」
「それを、わたしに言いに来たのかしら?」
「そして、もうずるいことは、しないで。約束して! そしたら、もっといいものをきっとみんなに魅せれるようになると思うし、きっと自分の手に入れたい気持ち手に入るかもしれないから……」
 あなたに何がわかる。私の気持ちが。しかし、そう言いたい気持ちをぐっとこらえ、
「わかったわ……約束するわ……」
「うん……」
 一平が頷く。
 話はそこでひと段落。
 終わった。
 と思ったが。
 翼は一平に聞く。
「ところであの潔癖ちゃんの朗読。あなた達のことを読んだお話なんじゃないの? 今の自分達の状況を書いた小説。この世の者ではない、何ものかのものに、脅迫されているとか」
 翼の感は鋭かった。
 以前手紙を読まずに捨てた理由。大きく違和感を抱いており、その理由までは結局最後までは、聞かれなかったが、
「わたしの手紙を捨てたことも、そのことに関係してるんでしょ?」
「それは……」
 それをあっさり認めてしまうと、手紙のことを話さなければならない。あまり、深く第三者にこのことは、知られたくない。
「やっぱりそうなのね。何、内容は自分が消えなければ、好きな人が消されるとかって? お互いそういう条件のもと話が進んでるとか?」
 この子はどこまで察しがいいのだろうか。
「それは……うん……」
 小さく頷く一平。
 それに、あまり驚いたリアクションを見せずに、翼が言う。
「やっぱりそうなのね……私からの意見として……絶対に自分から消える……っていうのは、だめよ。自分が消えて相手が助かっても、取り残された相手は、酷く寂しい思いになる。潔癖ちゃんにとって、あなたがいない未来は、未来ではない。それは絶望でしかないの。潔癖ちゃんも一緒。潔癖ちゃんに伝えといて……私も事情を知ったけど、来年のミスコンまでは、絶対に死ぬなって!」
「うん……」
 そう小さく頷き、やりとりは終わった。
 その後。
 一平も会場へ戻り、翼も会場へと戻った。
 翼が会場から、出て行ったあとも、3位までの表彰が続き、2位の美樹も表彰された。 準優勝のトロフィーを持っていた美樹に、坪内がカメラを持ちながら、近づく。落ちていたトロフィーとトロフィーの破片を手に拾った翼が、美樹に言う。
「潔癖ちゃん……じゃなかった、美樹さん。わたしの優勝トロフィー壊れちゃったの。なんだかその準優勝のトロフィーのほうがかっこいいから、わたしの折れたトロフィーと交換しない?」
 本当は準優勝だったのは、自分だ。準優勝に相応しいのは、自分であり、この壊れてしまったが、優勝トロフィーを持つべき人間は美樹だ。そう翼は思った。
「私は準優勝よ」
 美樹が答えるが、
「もう二人ともほぼ同点なんだから、私達が優勝よ! 来年ハッキリさせましょう!」
「じゃあ、こうしましょう」
 言って、準優勝のトロフィーは美樹がやはり持っている。優勝の壊れたトロフィーの上部も美樹が掴み、くっつける感じで土台がついた下部の本体を翼が持つことにする。
「二人で持てば、どっちも優勝みたいな感じじゃない?」
 美樹が言う。
「そうね!」
「はい! 二人とも! うちのクラスで優勝と準優勝が二人! カメラで撮るよ! ハイ! ミスコン!」
 なんてことを言いながら、坪内はカメラのシャッターを押した。
 永劫に残り続けるこのミスコン2020の写真。
 彼女達の笑顔はいたって美しく映っていた。

 ミスコンが終わり。
 軽音部の部室で。
 翼と共に演奏した軽音部の三人は、何やら、美樹の朗読について話をしていた。
「美樹ちゃんの朗読。あれは、凄く感動したよなぁ……俺、翼ちゃんには内緒で実は、票入れちまったもん!」
「俺も俺も!」
「え!? 俺も入れたよ!」
 ベース、エレキ、ドラムの三人が票を入れた言う。
「ってかなんで満票じゃなかったんだろうな……」

 実行委員がミスコンで使った機材の後片付けをしている。
 来年度に向けて、機材の動作確認をしているところだった。
 どのボタンのスイッチにも番号がついていて。
 どのボタンが押されたのかチェック出来るようになっている。
「あれ……1個反応しないなぁ……」
「壊れてるんじゃないかしら?」
「え!? いつからだろう……」
「うーん……いつからだろうね……」
「ってことは……」
 その後も実行委員は、後片付けを続けた。 

 愛を最後に

 その後、あっという間に時は流れた。
 ミスコンの6月8日から、今日の6月25日まで。
 本当に時間がすぐ経過していた。
 第二の手紙のタイムリミットの、一日前と迫っていた。
 時間から逃げたいと何度も思った。
 なんとか誤魔化せないかと。
 あのミスコンの日から、一平と美樹は二人でしっかりと話あった。
 お互いが、もうお互いのことを好きである、ということ。
 それを素直に認めあい、今後どうしなければならないのか。
 自らの死を選ぶという選択肢は、お互い絶対にとらないこと。
 美樹の悲劇の朗読のように、自分らの未来もああなってしまったら。
 それは、最悪の出来事の他ならない。
 とにかく、未来を幸せにするためにはどうしなきゃいけないのか。
 お互いの気持ちに嘘をつくのは、辞めよう。
 お互いの気持ちを誤魔化すのは、辞めよう。
 好きならば、好きと素直に伝えよう。
 好きなことを、好きなときに、好きなようにして、生きていこう。
 そうした、気持ちのなかで、なんとか、二人が生きていくためのヒントを探していこうって。
 そういうことになった。
 彼らが考えだしたこと。
 手紙の効果の発動を止める。
 そういう結論にいたった。
 効果の発動を止めるためには、二つがあると考えていた。
 その方法を、一平が美樹に確認する。
 場所は、人気のない、夜の学校の教室の中で。
 時計の針は22時だった。もう日付変更まで2時間。
 夜の学校ならば、人気はない。
 もしかしたら、勝手を知る学校なら、暗殺者からその身を隠し、逃げ切れるかもしれない。人がそもそもいないため、暗殺者が来たときすぐに気がつくことが出来る。だからこの場所を選んだ。武器は何も持っていない。もし持っていて、それを凶器として相手に奪われたら、殺されてしまうかもしれないからだ。それに、万が一、美樹が読んだ悲劇の朗読のようなことも起こりかねない。
 一平が、
「6月26日に何者かに殺される前に、その相手を殺す、もしくわ、殺さないようにとしむける」
 言い、さらに一平が、
「6月26日の効果発動までに、再び、あの幻怪病の影響からか現れた甲高い声の主と話をし、効果の発動をやめて貰う」
 この二つが彼らの考えだった。
 まず、後者の考えから、順序として、実行しようとしていた。
 幻怪病。
 まず、これを起こさないといけない。
 ミスコン以降も、ちょくちょく幻覚や幻聴なる、幻怪病の症状はお互いあったが、やはり、あの甲高い声の主は、現われなかった。
 一平が美樹の家の前で見た、妹の姿も、あれ以降見ていない。
 あの甲高い声の主は、『いつもみているよ』と言っていた。
 つまり、自分の行動を逐一観察しているということだ。
 こちらから、話かければ、もしかしたら、現われるかもしれない。
「おい! どこにいる! 現われろ! 高い声のガキ! おい!」
 一平が、教室のあたりを見渡し、そんなことを言う。
 時間が過ぎる。
 焦りが募る一平。
「お願い! 現われて! あなたの話が聞きたいの!」
 そう言い、やはり周囲にくまなく目をやる美樹。
 しかし、なにも現われない。
 しかし、一平が続ける。
「お願いだよ。出てきてくれよ! お前の話ききたいんだ!」
「……」
「なぁ……!」
「……」
「なぁってば!」
 そう大きな声で教室に響くくらい叫ぶと。
 あの時とどうように耳鳴りがする。
 これは、幻怪病のときの症状だ。
 もしかしたら、あいつが現れるかもしれない。
 耳鳴りに苦しく顔をゆがめるが、何とか立て直し、周囲を見渡す。
 そして。
 どこかわからないところから、
「なんだよ……」
 あの甲高い子供のような声。実態は見せないが、確かにその声が聞こえた。
 一平も美樹も、その声を聞いて。
「おい! 期限のときまでもう2時間ない……お願いがある聞いてくれないか?」
 一平がどこにいるかわからない声の主に言う。
「聞かないよ。どうせ、願いはわかってるよ、手紙の効果の発動を辞めて欲しいんだろ」
「お前が、あの手紙をやはり送ったんだな?」
「だったらどうなのさ……」
「なんであんな手紙を送ったんだ?」
 即答で声の主が答える。
「退屈だったから、面白かったから……」
 その言葉に憤りを隠せない一平。
 強い口調で言う。
「ふざけるな、そんなくだらない理由で、僕達の未来を壊されるのは、たまったもんじゃない!」
 言うが、声の主が答える。
「ふざけることが僕の仕事なんだけどなぁ。あくまでもこれは、運命(イタズラ)。この運命(イタズラ)のなかで君達は生かされているんだよ。運命(イタズラ)なくして、君達の生きている理など存在しない、だから感謝すべきなんだよ」
「どういうことだ……」
「僕個人は、ほとんど関係ない話なんだが、君達がしらない世界がこの世の外にまだあるんだよ」
 すると、美樹が……
「天異界(てんいかい)かしら?」
「お!? よく知ってるね?」
 一平も美樹が天異界という言葉を知っていたことに驚きの顔を見せる。
「以前幻聴で、聞いたことがある」
「そっか。天異界は言ってたっけ。君達の命が保たれているのは、その天異界の神々のおかげなんだよ。もっと感謝しないとだめなんだよ」
「全く意味がわからない、感謝すべきとか、生かされているとか」
「世の中の仕組みのことさ、説明すると、天異界の神が運命(イタズラ)で、君達から、エネルギーをあるものから受け取って、そしてそのあるものを自分の力にかえて、その力をまた地上へと送り手助けする流れになっている。雨が降ったり、空気があったり、地球が回転したり、あたりまえな自然現象は神々が手助けしてくれてるから、起こっていることなんだ」
「あるモノを僕達から受け取って、地球を動かしているということだな? じゃあ、そのあるモノとはなんだ?」
「それは……愛だよ。人間達の愛。人が好きだという愛の力。愛のエネルギーは強力で、その気持ちを受け取って、神はエネルギーに変え、神も生きながらえ、地球を支えている。そういう仕組みになっている」
 初めて知るその事実に、一平も美樹も驚きの顔になる。
「俺達が、なぜ死ぬ必要があるんだ?」
 一平が聞くと、声の主が答えた。
「愛を人から受け取るのは、死ぬことで、受け取ることが出来るし。生きながらも、愛を人から喰らうことはできるけど、喰らわれたものはもう愛を2度と知ることは出来ない。人を愛したい、人に愛されたい、そんな感情の抜けた機械のような人間になる。そんな人間の心は、もう神の餌にもならないから、用済みなんだ。だったら、死んだほうがマシだと思って神々や権限を持つやつらが、人間達へ運命(イタズラ)を施して殺す」
 一平が尋ねる。
「死んでいった人は、みんな、自分の愛を神々に奪われて死んでいったってことか?」
「そうだよ。神のため、あるいわ人のため、世の中のため、地球のため」
 美樹が言う。
「感情のない機械のような人間は、生きてる意味がないって、言ったよね? わたしは違うと思うの」
 そこで、声の主が言っていた生きてる意味がないということを否定し、
「わたしは元々愛など知らなかった。生きてる意味なんてないとも思った。それこそ、機械のような感情のない心だったけど。末永くんと出会って変わった。感情がないはずのそんな自分に愛を教えてくれた。初めて愛したいって思える人に出会えた」
 それに、声の主が、
「それは、まだ心の核の中に、息づくきみの感情があったからだと思うよ。どんなに、心が弱くても、愛は生まれる。人は愛するために生まれるし、愛されるために生まれる。でも、その核となる愛の心を失った人間は、もう本当に、自分自身がなんなのか、なんのためにいるのか分からなくなる。一生迷い続け、その心に誰も触れることは出来ないし、誰の声も届かないんだよ」
 一平が、
「でも、あの手紙の通り、死の運命(イタズラ)から抗う術は、とりあえず、一つは残ってるんだろ、その愛の心だけを喰らうとかっていうの」
「それを君達が選択するのか?」
「ああ……お互い死ぬよりは、マシなはずだ」
「わかってないなぁ、こんな説明してあげてるのに、本当に死んどいたほうがいいよ。それに、君の妹ももう死んでて、妹も僕の存在に気づいて話をしたことがあったけど。君達と同じ条件を妹に突き付けたけど、迷いなく自分の命以上に、大好きなお兄ちゃんの命を選択したんだよ。選択肢の中で愛だけ、抜き取ることも出来ると説明したが、お兄ちゃんを愛せない自分はもう自分じゃないと言って、それは諦めた。彼女の愛こそが正真正銘の愛だと思うんだけどね」
 なんてことを声の主が言ってくる。
「妹が僕の事を……」
 一平は、妹が自分のことを愛してくれていることに、なんとなくだが、気づいていたが、自分の命を躊躇なく、投げうってまで愛されていたことに気づいていなかった。妹の愛情が、遠まわしに妹自身を死へ追いやってしまったことに責任を感じた。それでも、よりいっそう命を投げうってまで、守ってくれたこの命を大切にしようと、そんな気持ちが、芽生えた。
 時計を見る。
 23時42分。
 もう時間がない。
 18分しかない。
 18分後自分達は死ぬ。殺される。あるいは殺しあう。
「もし、6月26日を迎えたら、俺達はどういうかたちで殺されるんだ?」
 声の主が、説明する。
「それこそ、この前の朗読していたときのように、君達は愛に狂ってお互い殺しあうよ」
「そうか……」
 そんなことは、絶対に認められない。
 許容できない。
 許容できるわけがない。
 美樹をこの手に抱いたまま、美樹を殺し、殺されるなんて。
 そんなことは絶対にできないのだ。
「なぁ、透明人間……」
 初めて、そんなふざけた呼び名でよんでみる。
「俺達の愛を喰らってくれ」
「覚悟はあるのかい?」
「はなから1択しかないだろう……」
 一平が言うと美樹も言う。
「うん……お願い……」
「あと、16分準備はいい?」
 声の主が言うと、美樹が言う。
「ちょっと待って。最後の最後。遺書ではないけど、せめて、どのくらい末永くんのことを愛しているか、私に書き残させてほしい? いいでしょ? 末永くん」
 言って、美樹が末永の顔を見る。
「うん……俺も書く」
「そんなことしても無駄なのに……あと15分」
 声の主が言うが、美樹と一平が自分達の最後の思いをお互い書き合う。
 15分後は、もうお互いの愛は失っている。
 お互いの愛はもう忘れさられている。
 
 末永くんへ。
 初めて渡してくれたラブレター。
 ラブレターじゃなく、不幸の手紙だったね。
 でも不思議だね。
 不幸の手紙のはずが。
 今日のこの日を私はこんな幸福で嬉しい気持ちでむかえているよ。
 あの間違いがなかったら。
 きっとこんな奇跡のような出会いはなかったし。
 奇跡のような、愛情は生まれなかったと思う。
 自分は最近徐々にだけど。
 潔癖症が克服されつつあるよ。
 初めて観覧車で触れてくれた手。
 温かく、優しい温もりを感じたよ。
 あの手を触れてくれたことが。 
 潔癖的なわたしを少しずつだけど変えてくれたと思う。
 地味な自分を少しずつ変えてくれたと思う。
 ミスコンでは、ギター一生懸命弾いてくれてありがとう。
 怖くて、恥ずかしくて、好きだとか、愛してるって最初は言えなかったけど。
 なんだろう。
 形は違えど、城ヶ崎さんが素直に言う気持ちの大切さを教えてくれました。
 今なら、伝えても伝え足りないくらい、あなたに思いを伝えられます。
 ありがとう。
 本当に本当にありがとう。
 私の思いを変えてくれた末永くん。
 ずっと大好きだよ。
 愛、絶対に忘れないから。

 美樹の文章はそこで終わっていた。

 美樹ちゃんへ。
 愛の反対は無関心。
 最初はどこまでも、無関心だった美樹ちゃん。
 僕の愛がようやく届いてこの日を迎えられたのは、本当によかった。
 自分の思いを綴りたい。
 でも、もう時間がないんだ。
 残りもう5分。
 この文章を書いて、お互い見せあいっこして。
 そのときは、もう3分前くらいかな?
 タイムリーな今の気持ちを表現すると。
 愛してる、大好きだよ、ずっと一緒にいたいね。
 こんな簡単な言葉でしか表現できないけど、
 あらたな造語を自分が作る権限を持っていたら、
 大好きだよを超える最上級の言葉をつくりたいな。
 ああ、もう3分か。
 もう読みあいっこしようか。
 僕も、忘れないよ、美樹ちゃんのこと。

 そんな文章をお互い紙に書きあい。
 お互いがその紙を読んで。
 残り1分。
 声の主が言う。
「もう時間だね。じゃあ喰らうよ。君達の愛の心。さよならを言わなくていいの?」
 一平が言う。
「ああ……さよならじゃない! また、変わらない気持ちで会おう」
 美樹も言う。
「そのときは、またね……末永くん!」
 そして、二人は抱き合った。お互いの耐熱を感じながら。愛しあいながら。時計の針は24時をさした。
 
 そして。

 6月26日。

――彼らの深き愛は終わった。お互いの愛の心は、天異界へと旅立って行った――

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)